2014年はそれでもまだ、レオ・シルバ選手が八面六臂の活躍をしていたため目立たなかったけれども、翌2015年に、そのレオ・シルバ選手が大病を患った時点でアルビレックスが崩壊したのは、ある意味、必然のような話だった。
ただし、幸いなことに、どこぞの清水エスパルスと違ってアルビレックスと柳下監督には、まだ戻る場所があった。というわけで、レオ・シルバ選手が夏に復帰してからのアルビレックスはポゼッションを封印し、徐々に両サイドバックの攻撃参加を少なくした上で、ハイプレスからのショートカウンターで相手のミスを誘う戦術を再開。もちろん、そう簡単にチームの戦術の穴はふさがらなかったけれども、少なくとも、セットプレーからの失点が激減したことで、戦線を再構築する余裕が生まれることとなる。9月以降、柳下監督がなんちゃってポゼッションを捨ててから2ヶ月、最終的に15位で残留という最低限の仕事をこなせた影には、少なくとも、新潟にはそういったチーム文化が残っていたことと、そこに戻るための十分な時間と余裕があったという点に尽きる。