No.586646
そもそもとしてなんでfc東京が調布に来ることを調布市民が受け入れたか。それはまさしく、地域が一つになるためだった。調布という括りじゃなくて東京スタジアムを中心とした"地域"として。初めはfc東京にも懐疑的だった。1993年のヴェルディ川崎移転騒動の時に一回プロ化を断ったじゃないかと。だけど、彼らは必死に調布やその周辺に言葉では表せないほどの熱意を持って訴えかけきた。ポスティングやビラ配り。地域の祭りや運動会にまで来て関わろうとしてくれた。だから二つのチームに半ば裏切られた調布やその周辺はfc東京をもう一度信じようと思ったんだ。当時は不景気で、映画の街だった調布からも撮影所が縮小して行ったりしていて街の雰囲気は暗かった。だけどスタジアムができて東京のためのチームが試合をしてくれる。それはかけがえのない希望だった。
それに比べてヴェルディはどうか。もともと彼らは読売ヴェルディという企業チームだ。読売ヴェルディが目指したのはJリーグのジャイアンツ。広告塔として、ジャイアンツような販促団体としてのヴェルディ。そのアイデンティティは川崎でも東京でもなく、読売ヴェルディというもの。Jリーグのジャイアンツを作りたかっただけなんだ。だから簡単に移転もする。東京移転の理由も経営面だ。東京にアイデンティティなんてない。そんなチームが東京にきて、話しかけてきた。「多摩川でわけて活動できないか」もちろんできない。どうしたいのか聞いても、「なんで君たちみたいな人に会社の方針を話さなければならないのか」(荒川2001.215ページ)地域で活動している人々を「君たちみたいな人」(同.215ページ)呼ばわり。調布がヴェルディなんか好きになるわけがない。今すぐ飛田給に置いてる企業広告に似せた欺瞞に満ちた看板も、街に一方的に押し付けてくるポスターも、セブンで最近売り始めたヴェルディビールとやらも撤収して欲しい。J2時代はスタジアム通りの警備員すら置かなかったくせに。
この街はヴェルディを欲してない。これまでも。これからも。
参考文献
『FC東京の挑戦』荒川裕治著、小学館、2001年


