男性 rona9229さん
私はrona9229さんのご意見の一部には共感できます。
勝ち負け以前にっクラブが存在してることに感謝し、選手や監督にも私たちの代わりに戦ってくれたことに敬意を表する。
もし私がサッカーがうまければ私が戦うのに、私がサッカーが下手だから、彼らに戦ってもらわざるを得ない。戦ってくれる彼らの頑張りには感謝したいです。
要はサッカーは商売には還元できないそれ以上の部分があるということだと思います。
勝ちを見たいからお金を払ってるんだから、負けたら金返せと言う感覚は何か違うだろうと。
もし私たちが単なる顧客なら商品に納得いかなければ文句を言うこともあるでしょう。所謂クレーマーですね。
rona9229さんがおっしゃっているのは私たちは売ったり買ったりする関係だけではないだろうという指摘だと思います。
それがクラブ文化ということだと思います。
それに対して17:34 さんのシャルケの例はそういったクラブ文化のもつ厳しさの側面を指摘されているように思います。
成熟したクラブ文化は優しい面だけではない。むしろ厳しい面があるからこそ成長していけるのだ、と。
売り買いできない関係だからこそ、単に勝った負けたに対する怒りだけではない、駄目出しができいるということなんでしょう。
もちろんサッカーとは直接関係のない怒りを持ち込んでる人もいるでしょうし、
17:41さんがおっしゃるようにヨーロッパの全てを真似すればよいというわけではないというのはその通りだと思います。
昔稲盛さんがサンガという名前をうちにつけた時、ヨーロッパにはクラブという人と人のつながりがあるように
アジア(正確には仏教圏でしょうけど)には「サンガ」という繋がりの文化がある、という矜持を込めて名前を付けたのではないか?と
私は勝手に想像してますが、だとすると京都サンガF.C .に改称したのは冗長だったかもしれませんね。
まあそもそも京都にとっては「京都市」や「京都府」という名前も冗長だと思いますが…これは蛇足でした。
いろんな考え方の方がいること、それを許容することはとても健全なことだと思います。