そもそも論として郡馬のフィロソフィーって「攻撃的なポゼッションサッカー」なんかな?
たしかに現実的な戦いをすると地方の貧乏クラブは引いて守ってってなってしまって
それはそれで「見ていてつまらない」とか言われてこれも八方塞がりになりがちだけれども
ファン、サポーターって主観だけれども「泥臭く戦う」「最後まで走りぬく」とかそういうのを求めているんじゃ
誰も「攻撃的なポゼッションサッカー」にしてくれ!とは言ってない(声が少ない)と思うんだけど
フィロソフィーってとってつけた物じゃなくて培われた物なんじゃないかなと思う
懐古厨と言われるだろうけど「走撃」なんて良いキャッチコピーだったろ思うけどな