自らが着用した仙台のユニホームに「感謝」と 書き込んだ角田 J1ベガルタ仙台は19日、主将のMF角田 誠(31)がJ1川崎に完全移籍することを発 表した。角田は京都などを経て11年に仙台入 り。主にボランチとして、11年には4位、1 2年には2位の快進撃を支えた。躍進の原動力 の1人となった角田がこのほど、スポーツ報知 の単独インタビューに応じ、移籍を決意した理 由を明かした。(聞き手・高橋宏磁)
慣れ親しんだ仙台を離れる―。悩みに悩んだ末 の結論でも、胸中には複雑な思いがある。
「やっぱりさみしい思いがある。感謝の思い が強いから。仙台に来るまで、プレーヤーとし てはくすぶっていた部分もある。本当に色んな 人から『仙台に行って良かった』と言ってもら った。移籍は自分で決めたことだけど、さみし いね」
11年は4位。翌年は2位に入り、クラブ史 上初となるACL出場権獲得に貢献した。13 年には4人の共同主将の1人を任されたが、物 足りない気持ちも感じていた。
「自分の中で、どこかマンネリ化していた。 だから昨年末、監督がアーニー(アーノルド) に代わると決まった時はうれしかった」
今年4月、成績不振によりアーノルド前監督 が解任された。後を引き継いだ渡辺晋監督(4 1)のもと、イレブンは団結。5月に4連勝す るなど、チームは息を吹き返した。だが、この 頃から「移籍」を考えるようになった。
「渡辺監督に代わってムードが変わった。和 気あいあいとやっていたし、チームとしても、 良い方向に向かっていた。でも他の選手に対し て『なんでその姿勢を最初から出さないのか』 と感じていた。夏ぐらいには丹治(強化部長) さんに『仙台を出たい』と伝えました。仙台が 嫌いとかではない。自分の感情の部分。刺激が 欲しかった」
「マンネリ」という言葉は使ったが、感謝の 気持ちは忘れていない。11年3月には東日本 大震災を経験。人生観が大きく変わった。
「今までは、試合に出られないだけでも腹を 立てたりしてた。でも、テグさん(手倉森誠元 監督)が『被災地では家族を亡くされた方もい る。今サッカーができることは、本当に幸せな ことなんだ』と言ってくれて、考え方が変わっ た」
今季の終盤戦は出場機会を減らしたが、その 原因の一つは左足首痛だった。12月10日。 仙台市内の病院で、左足首の遊離軟骨除去の手 術を受けた。
「痛くない時もあったけど、川崎側にも相談 して手術しました。15日から(クラブハウス で)リハビリを始めたんですが、仙台のトレー ナーが付き合ってくれています。移籍を決断し た選手にも、丁寧に対応してくれる。あり得な いことだと思う。仙台のスタッフは優しかった し、本当にお世話になった。だからこそ、さみ しい思いがある」
川崎の強化部からは、リーダーシップも評価 されている。頂点を目指すチームに、貢献した い思いは当然強い。だが、現時点での目標は一 つだ。
「早くユアスタを訪れたいですね。ブーイン グでも拍手でもどっちでもいい。ユアスタのピ ッチは、自分の中では最高。アウェーの選手と しても、楽しみがあります」