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J2マニア
No.176937
上野さんかぁ、2016の山口のパスサッカーやばかったもんなぁ。継続性を意識した良い交代ですね。
ただあの時は、今仙台の庄司とかがかなり効いてた。甲府にはそんなタイプの選手がいるのかというそもそもの疑問‥

ああ
No.176936
おかしいよ。何かおかしいよ。
正直解任自体はしょうがない結果だと思う。
後任に山口を率いた上野さんが来てくれるのも嬉しい事。

だけど、やり方が悪すぎるよ。こういうやり方は今回限りにしよう。二度と繰り返さないようにしよう。

求めている結果が出せない時もある。
でもだからと言って集団で苛めてリンチして良いなんてことはない。今回は集団イジメだよ。やり方が酷過ぎる。
今日だって解任じゃなくて辞任で給料を返上しろ、損害賠償だ。正直ドン引きですわ。おかしいよ。
皆何も思わないの?
「やったー上野さん応援しようぜーーーーーーーーー」違うだろ。
ちょっと感覚おかしいよ。人として重要な部分が欠けすぎ。サポーターの前に、人としてありえない。情けなさすぎるよ。大の大人が束になって。

そういうのが分からんのがサポにのさばってるのなら、選手だって監督だって良い人は来ないよ。誰も甲府サポの為に頑張ろうなんて思ってくれないよ。

ああ
No.176935
吉田達磨 監督ありがとう。達磨さんと一緒にJ1へ帰りたかったです。

ああ
No.176934
繋ぐ意識の植え付けだったり、ドン引きディフェンスからの脱却を達磨さんはチャレンジした。どちらもそれなりに効果はでたけど、アタッキングサードでのパス回しや、勝負所での踏ん張りは結局一年以上経っても改善できなかった。
この部分を修正できなかったことが、達磨さんが勝負師になれなかった大きな要因だと思う。
選手からの信頼もあっただけに残念だけど、これからは上野さんと一緒に達磨さんが積み上げたものを活かし、改善できなかった部分を直していくしかない。

ああ
No.176933
ぶっ壊したってほど壊してないと思う。

ああ
No.176932
みんな達磨と別れを惜しんでるときに申し訳ないが、これだけオレの大好きな甲府をぶっ壊して何も結果を残せていない達磨をオレは憎んでいる。

あーあ。オレって心狭いわww

ヴァンサポ石和◆vkHTV4M25U
No.176931
男性 50代歳
まずは吉田前監督、本当にありがとうございました。
そして上野新監督、よろしくお願いいたします。

きのう4/29のヤフーニュース、浦和から湘南に移籍した梅崎司選手の記事に感動しました。
読んでみてください。

ラスト数分に投入された梅崎選手の思いと実践したプレー、そして送り出した浦和サポーターと受け入れた湘南サポーター。
クラブの規模に関係なく、私たちが忘れかけていたものを思い出させてくれます。

映画評論家の水野晴朗さんじゃないけど、いやぁー、サッカーって本当にいいですね!

ああ
No.176930
ゴル裏の挑発に乗ってみたり
主審に食って掛かってみたり
選手をブン殴ってやりたいと言ってみたり
おお、だんだんエエ感じになってきたやないの
と思ったんだけどね
ちょっと遅かったかな

ああ
No.176929
ああ
なんだかんだ言って達磨と昇格したかったな。

ああ
No.176928
吉田達磨
イマイチ自分の殻を破りきれなかったとでも言うのかな
ギラギラしたりドロドロしたり、そういうコントロール不能な境地に身を投じて
あとは運命に任せるしかないような極限状態でしかブレイクスルーは起こせないんだけど
肝心なところで自分の殻に頼ってしまう
で何も起こらない
そんなイメージ
それだけに凄くメンタルが安定していて、それは監督として大事なことではあるけど
それだけでは足りないんだろうな

ああ
No.176927
また、甲府に来て欲しい。
ちょっと、運もなかったかな。

ああ
No.176926
「選手をぶん殴りたい」
というのは言葉通りに受け止めてはいきませんよ。
そう言う意味ではないです。

コールリーダーが、小学生のいじめのようなことをして吉田さんを傷つけたことは確かなので、それは認めるべきです。

ああ
No.176925
上野監督になったとたん連勝して昇格したら城福さんよりも格が上がる

三代目
No.176924
達磨さんが甲府に来てから、良い監督の定義がわからなくなった。

まだうちには達磨さんは早かったんじゃないかな?
今のうちの状況、クラブの体力では達磨さんが作りたいチーム、サッカーは完成出来なかったけど。

ありがとう、達磨さん。

少しだけど夢見てました。


達磨さんが手がけた、このチームでJ1に帰ろう。

サポーターはサポーターらしく。
力を甲府に送り続けるよう。






ああ
No.176923
吉田監督は最後の壁を乗り越えられなかったな
本当にあと一つだったのに
選手にもブッチギリで勝たなきゃというプレッシャーはあったかも知れないが
監督自身、模範的な良い監督であることに拘りに過ぎていた
何て言うのか、まあ、まだ「そのとき」じゃなかったとしか言いようがない

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