No.1110926
浅野拓磨選手との思い出
2014年7月の天皇杯・福岡大学戦(福山開催)の時のことです。新幹線で福山駅に到着し、試合会場行きのバスに間に合うよう急いでエスカレーターを降りていました。すると、当日ベンチ外だった浅野拓磨選手と宮原和也選手が、エスカレーターの左右に並んで立っていました。当時は今のように「エスカレーターは歩かない」という考え方が一般的ではなく、急いでいた私は、「すみません。バスの出発時間があるので、どちらかに寄っていただけませんか」と声を掛けました。すると宮原選手は少し不機嫌そうな表情をしましたが、浅野選手が「すみません」と言いながら宮原選手を手で促し、「こっちに寄ろう」という感じで道を空けてくれました。私は「ありがとうございます」とお礼を言い、先に行かせてもらいました。わずかな出来事でしたが、当時19歳だった浅野選手の礼儀正しさと気配りにはとても好感を持ちました。今でもその時の印象が強く残っています。だからこそ、私は今でも浅野拓磨選手にはサンフレッチェ広島で再びプレーしてほしいと思っています。