512519☆ああ 2022/12/01 10:52 (Chrome)
代理人で思い浮かぶのは、野球の話で恐縮だが、1995年の「チェコ事件」。
カープがドミニカ共和国に設立した「カープアカデミー」出身のロビンソン・チェコ投手は
1995年の夏までに10勝を挙げカープ躍進の原動力になっていた。
すると突然チェコ側が契約の吊り上げを要求し、球団との関係が悪化した。
この時チェコの代理人となったのが、ヤクルト監督野村克也氏を継父に持つダン野村氏である。
この年ヤクルトと広島は優勝争いをしており、一部の広島ファンからは野村監督がダン野村氏を動かして
チェコをそそのかしたのではないかという声があった。
チェコは翌年まで在籍するが、1996年は広島ファンにとって悪夢の記憶「メークドラマ」の年。
チェコが実力を出し切れていれば、メークドラマは完成してなかったのでは、というのが識者の見るところだ。