No.123612
他チームだけど、愛のある選手いいなあ!
泥臭い献身的なハードワークで山崎はモンテの先頭を走ってきた。「正直、山形を去りたくないんですわ。12年間のプロ生活で一番長く所属して、仲間もサポーターもこの土地も大好きだった。もう少し山形でプレーして、ここで(現役を)辞めたい気持ちもあった」
2011年途中に、広島からJ1時代の山形に期限付き移籍で加入したが、チームは翌年のJ2降格が決定。再昇格を誓い、翌年、山形に完全移籍した。
「(期限付き移籍の時は)早くなじんで良い状態で試合に出たかったので、オファーから4日後にスパイクだけ持って1人で山形に来た。子供が生後4か月だったけど…。降格した12年は、自分たちの力で昇格したいという思いが強かった。悔しさを味わった人がいた方がチャンスがあると思い、フロントに『メンバーを変えないでくれ』と頼んだし、選手も引き留めた」
心に残る試合がある。
「12年のホーム・湘南戦(6月13日)。自分がPKを止められて、試合は1―2で負けた。順位が首位から(3位に)落ちてブーイングを覚悟したけど、後押しする声が大きかった。PKを外してショックだったけど救われたし、サポーターの思いが伝わった。山形でやり続けたいと思った」
昨季は終盤戦の快進撃の核となり、プレーオフ決勝・千葉戦(1〇0)で劇的な決勝ヘッドを決め、4年ぶりのJ1へと導いた。
「想像以上の応援があって、山形県全員で勝てた喜びがあった。試合後のインタビューは、我慢したけど泣けてきました」
今季は左足首に疲労による痛みが出て、7月29日の名古屋戦を最後にベンチから外れた。
「今季で(契約満了が)あると感じていたから、ホーム最終戦(11月7日・対清水)に出ることを目標にした。結局、ベンチに入れなくて、サポーターにしっかりあいさつできなかったことが一番つらかった」
山形愛にあふれる男。プレーオフ決勝で履いていたスパイクを「サポーターに」と惜しげもなく提供してくれた。移籍当時4か月だった息子も、今は4歳のサッカー少年。父の偉業の証拠として手元に置いた方がいいのでは、と伝えたが…。
「息子にはモンテのユニホームをあげるからいいんです。4年半、良い時も悪い時もこのサポーターと一緒に戦えたのは僕の財産。『ありがとう』しか言えない」
現役引退する気はない。4日まで天童市内の練習場に顔を出し、それを最後にモンテディオを去る。
「今は山形のために力を出し切ったので、悔いはない。山形のように、チームのために全力を出せる所でプレーしたいです」
◆山崎 雅人(やまざき・まさと)