ああ
No.259146
岩政 噂で聞いたんですが、石井さんは2015年に鹿島退団を考えたそうですね。コーチを辞めて違うチームで監督をしたいと。

石井 2015年はそういう気持ちでいました。S級ライセンスを取ったし、コーチではなく監督として挑戦したいとフロントに伝えていました。そのタイミングで、たまたま鹿島の監督交代があったんです。

岩政 監督在任中にもっと「こうしておけば良かった」と思うことは?

石井 毎試合ありましたよ。最初の半年でナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)を獲れましたが、天皇杯は早期敗退してオフの期間が長かった。もっとどん欲にタイトルを獲らなければと思いました。
 それにコーチと監督では、本当に差がある。決断の数が多いし、その決断が正しくなければ良い方向に向かわない。その重要性が分かった年でした。

岩政 現役を引退された直後に鹿島のコーチに就任しましたが、その時はどういった形で声がかかったんですか?

石井 福岡をクビになったタイミングで、すぐに(強化責任者の鈴木)満さんに「コーチとして鹿島に戻りたい」と相談しました。その時にたまたまユースの監督が空いていたんです。

岩政 たまたまタイミングが良かったと?

石井 タイミングは大事だと思います。私があと1年現役を続けていたら、鹿島のコーチになっていないかもしれません。

岩政 指導者になろうと思ったのは、引退を決めた後ですか?

石井 その前から、引退後は指導者になろうと決めていました。大学の頃は学校の先生になりたいと思っていたんです。私の時代はプロリーグもなかったし、高校選手権に出るようなチームを指揮したいなと。

岩政 プロの監督まではにらんでいましたか?

石井 その頃はまったく。まずは、どんな形でも指導者として踏み出したいと思っていました。

岩政 私が鹿島に入団した時、石井さんの肩書はフィジカルコーチでしたね?

石井 そう。アシスタントでした。

岩政 そこからヘッドコーチになり、監督と進んでいきます。

石井 ブラジルのやり方を参考にしました。ブラジルでは、フィジカルコーチを経験してから監督にステップアップしていく人が多いんです。

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