ウフクタレイの奴隷  
No.201404
アビスパ福岡サポーターへ。

僕が最初にアビスパの試合を見たのは、小学校2年生の時。2006年11月、博多の森での広島戦でした。残留争い真っ只中で、ウェズレイに頭2発やられて0-2の敗戦。
両親が仲悪くなり、小1の冬に僕は母と姪浜の家を出て北九州の母の実家で暮らしていました。そんな中、北九州でサッカーを始め、「福岡にも一応アビスパというJリーグチームがある」という話を聞き、一度見てみたいと言っていました。親同士 仲違いで別居していたのですが、そこは子供のためと話し合ってくれていたらしく、サプライズで連れて行ってくれました。その試合は負けたけど、楽しくて楽しくて、会場で貰った千代反田の顔写真付き記念カードみたいなやつをその後ずっと部屋に飾ってきたぐらい笑
そこから両親は仲直りし1年後の2007年から福岡市内でまた家族3人で暮らすことに。アビスパにハマった僕はその後、小学校中学校高校でも熱狂的なアビサポに。でもクラスのサッカー好きの友達がみんな口にするのは、「アビスパ弱いやん笑」「海外サッカーは好きだよ!バルサとかマンUとか!」などなど。リティ 浅野 篠田 プシュニク 前田 井原など色々なアビスパを見てきてJ2下位に沈みどんなに苦しい時でも週末のアビスパの試合を楽しみに生きてきた。

そして今年、そんな僕も22歳。東京の大学生として、人並みに遊んで飲んでバイトして、大4で焦って就活を始めてコロナ禍の中なんとか内定を貰って、来年は社会人。笑
親に温泉に行くからと言われサプライズで博多の森まで連れられ、見事にハマり、千代反田のカードを握りしめていた小学校2年生の8歳の僕は14年の時が経ちもう22歳(笑)
5年周期っていうけど、3回周期繰り返しただけでこんなに歳を取るんだから凄い長いんですよね5年って意外と笑
これまで3回の降格と2回の昇格を見てきました。小学校で悪さをして先生に怒られた時も、中学高校で彼女にフラれた時も受験勉強の成績が伸び悩み悲しみに暮れていた時も、大学生で酒を覚えブッ潰れた時もアルバイトで大ミスした時も、いつも僕の生活にはアビスパがいたんです。
そしてこの15年間迷い込んでいたJ2という長い長い暗くて怖いトンネルの中でずっと出口を探して走ってきた。今、やっと、やっっっっと抜け出そうとしている。もう、すぐ目の前に光が見えている。その光が確実に出口なんです。そこを抜ければ、楽しくて激アツな心踊る日本一のリーグが待っている。大分、札幌、湘南に続こう。もうこんな所にいるべきチームじゃないよ僕たちは。
僕だけじゃなく、ここにいる皆さんに「それぞれのアビスパ」があるはずです。一人ひとりにアビスパの物語があるはずです。2006年よりもずっと前から応援してる年配サポーターもたくさんいるはずです。
今こそ、その出口に向かって、最高潮にボルテージを上げて、全力で後押ししましょう。選手たちの背中を押すのは、僕たちです。昨日の試合でそれを証明しました。
金沢に引き分けたりここ最近勝てていないのは悔しいしストレスも溜まるけど、なんだかんだでアビスパが大好き。
みんなで応援しましょう。

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