No.871774
城後がアップを終えてベンチに戻り、スタッフから最後の声をかけられる。
スタンドの奥のほうで気づいたサポーターがざわつき始め、それが波のように広がっていく。ユニフォームを着替え、足を止めたまま深く息を吐く姿に、誰もが「いよいよだ」と確信する。
アナウンスが名前を呼ぶと、博多の森が一瞬で火がついたように揺れる。
立ち上がる観客、旗が大きく舞い、太鼓のテンポが自然と速まる。彼の登場は、得点でもないのにスコアが動いたような空気をつくる。数万人の感情が一つの方向を向くとき、あのスタジアムはただの会場ではなくなる。
敵チームの監督が立ち上がり、何かを叫ぶ。指示が通らないのか、選手の動きが一瞬ちぐはぐになる。
「このタイミングで城後かよ…」ピッチ上の誰かが苦笑混じりにそうつぶやく。対策をしてきたはずなのに、出てこられると想定外の空気になる。
それは数字や映像じゃ伝わらない、土地に根ざした選手が持つ場を動かす力。
城後がタッチラインをまたぐとき、敵は戦術ではなく、空気そのものと戦うことになる。