私のお家も小さな内乱がありました。
すでに薩州で実権を握ってた島津勝久だが
周囲の意見を無視、重臣との確執ができていました。
そして、私の父、島津貴久は私の祖父忠良と勝久の家臣新納氏、肝付氏などが叛旗を翻して
島津勝久を大友トリニータに逃亡させる事に成功!薩摩を統一しました。
しかし、薩摩を統一するのにあまりにも時間がかかり、この時、1555年!
その間、大友トリニータと龍造寺鳥栖は勢力を拡大!この2チームはJ1でしのぎを削っていました。
また本州ではサンフレッチェ毛利、
ヴァンフォーレ武田、今川エスパルス、
アルビレックス上杉、サウルコス朝倉、
石山セレッソ本願寺などが、領土と実権を手にして覇権から出遅れてしまいました。
統一できなかったのは内乱で遅れたためと言われてます。
ただ、アビスパ長谷部家もオブリ派と反オブリ派の内乱中ではありますが、強くなるには避けては通れない問題でもあります。
この問題が解消したときにはおそらくアビスパ長谷部家は戦国屈指のお家になってるかも知れません。