No.1134167
1998年、横浜フリューゲルスにカルレス・レシャック監督が就任した。バルセロナでヨハン・クライフ監督の右腕だったレシャックは最初のトレーニングで「パスを回せ」と指示した。すると、選手たちはいっせいに動き始めた。ボールではなく選手が回ってしまった。レシャックは動きを止め、1人ずつポジションにつけ、どうやってパスを受けるのかを教え始めた……。横浜フリューゲルスは当時のJリーグでは例外的にボールポゼッションの高いチームになっていくのだが、この練習開始当初のエピソードにはポジショナルプレーとは何かがよく表れている。
クライフは「動くのは人ではなくボールだ」とよく言っていたが、人が動きすぎたらかえってパスは繋がらない。適切なポジショニングと適切なタイミングの動きとパス、その組み合わせによってボールは円滑に動くので、選手の運動量はむしろ減る。決め手は運動量でも情熱でもなく、理性だということだ。
ボールを蹴るバルセロナ監督時代のヨハン・クライフ
コントロールされたカオス
現在のJ1で、サガン鳥栖は最もポジショナルプレーを身につけているチームだと思う。
昨季から選手は大幅に入れ替わった。監督も代わった。独特の左右非対称なバランスも左右対称になった。いろいろなものが変化している。ところが、不思議なことに鳥栖のプレーから受ける印象は変わらないのだ。
どのようにプレーするかという根本が揺らいでいない。ポジショナルプレーは概念であり考え方だ。誰がどこにポジションを取り、チームがどう可変するかは表層に過ぎない。サッカーをどうプレーするか、そこが変わっていないから印象が同じなのだろう。
とても冒険的に見えるが、とても理性的で合理的。ポジショナルプレーに習熟したチームに共通する、ある種の冷淡さが鳥栖にもある。
ポジショナルプレーは選手の本能や勘に頼らない。むしろそれを制御する。パスを回すために必要なのは動き回ってカオスになることではなく、合理性に則った動き方である。それは選手のそれまでの習慣や感覚とは相容れないことも少なくない。新しい習慣に従う、おそらくこれが最初に越えなければならないハードルだろう。結果的にカオスはより深まったように見えたりもするが、それはコントロールされたカオスになる。
GK朴一圭は「偽GK」だ。DFラインに入ってビルドアップを行い、数的優位を確保する。そして毎試合のように、がら空きになったゴールにシュートを打たれている。いわば自作自演でありGKには理不尽、チームに緊張と混乱をもたらす。選手の生理からすると受け入れにくい戦術かもしれない。ただ、朴はもともと攻撃的なGKであり、鳥栖はポジショナルプレーに慣れている。偽GKのメリット、デメリットを知った上で平然と実行しているようだ。偽GKは一見カオスだが、コントロールされたカオスなのだ。