554025☆ああ  2022/11/01 05:31 (iOS15.6.1)
男性
ゴメスはうちのオファー断ったのか。移籍金が残せるから移籍すると言う考えはやめたほうがいい。都倉なんか何も残さないで移籍したんだから

転機が訪れたのはその年のオフでした。札幌が生え抜きの主力として堀米選手をJ1での戦力構想に含める一方、新潟からも獲得オファーが届きました。悩んだ末、育ててくれたクラブに移籍金を残せることもあり、自身のさらなる成長を求めて04年からJ1に定着していた新潟への移籍を決めました。「トップチームに上がる前から『自分が札幌をJ1に上げるんだ』という思いで過ごしていたので、目標は一つ達成できたと。そのタイミングで新潟から声がかかって、自分がステップアップしていくという意味もあり、決断しました」

■「J1に上げなければ」 新潟降格に責任感
 ただ、17年に迎えた自身初のJ1の舞台は「すごく苦いもの」となりました。チームは序盤から低迷が続き、堀米選手も34試合中24試合に出場したものの「個人的にも良いプレーが出来たとは言えない」。18チーム中17位で新潟初のJ2降格が決定しました。

 当時23歳。新潟加入時は一人のサッカー選手として「2、3年でもう一つ上のレベルのチームへ、と思い描いていたし(いずれは)海外にも」と野心を抱いていました。ただ、移籍金を払ってまで獲得してくれたクラブの期待に応えるには「最低限、J1に上げなければいけない。そういう気持ちは一回、封印する」。そんな強い責任感から新潟で戦い続けることを選びました。

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