No.6999
そもそもユースからの昇格組で、チームの中心にまでなったのは、梶山と権田くらい。
あとは、元々外国人依存が強かったチームだったし、チームの顔になっている選手だって、だいたい他チームからの移籍組。石川(マリノス)しかり、今野(札幌)しかり、森重(大分)しかり。確かに実力があったから、評価されて当たり前だったけど、でもそのことが自前の選手を育てることに向かなかったのもあるのでは。

もし、石川、今野、森重が入ってから数年して、海外挑戦をしていたとしたら、クラブとしても、もっと育成の方に目を向けていたかもしれないし、選手の発掘をしていく上でも、もっとフロントの選手を見る目も肥えたのではないかと思う。
結局長く在籍すれば、戦力としてはある程度は計算できるから、簡単に外すことができなくなる。でもそれだと、新しい若手が入ったとしても、戦力としてその選手よりも計算できないから、なかなか使うのに躊躇すると思う。東京はずっと日本人監督だったから、ある程度の選手の情報が耳に入っていたり、先入観を持ったりしがちになるから、外国人監督みたいに、先入観なしに若手を起用することは、あまりなかったと思う。だから、城福さんがルーキーだった米本を登用したのは、極めて稀な例。まああの時は、チームの調子が悪かった時で、米本の起用も賭けだったのもあるけど、そのチャンスをモノにしたのは、米本の実力と精神的な強さだったと思う。

ユース出身の選手が、なかなか大成しないのも、技術面よりもメンタル面、フィジカル面の弱さに、その原因があるのではないかと、個人的には思っている。
技術的には優れた選手を輩出してはいるけど、総じてケガが多かったり、精神的なひ弱さがあって、結局ポジション争いに勝てず、チームを離れていくパターンになっている。
いくらユースから昇格させても、そこからどのように名を上げていくかは、その選手次第。
その選手の力もあったけど、こうした選手を育てられなかったというのも、クラブとしての方向性や育成のあり方にも問題があったと思う。
自前の選手で、攻撃のタレントを育てようとするなら、そこから根本的に見直していかないと、難しいのではと考える。

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