No.7554
でも結局柏戦でのケガと、翌年になったらまたチャンスメイクに役割を戻されたことで、点取り屋としての才能を開花させるに至らなかった事は、ファンとしても今でも悔やまれる。
石川が台頭していく時に、サイドアタッカーのイメージが固定されてしまった事で、点を取る能力に磨きをかける事ができなかったのが、代表として定着できなかったといえるし、また当時の代表の中盤もパサータイプばかりが揃っていたから、石川があの時の代表に呼ばれるなら、アタッカーとしての才能がなければ、どうしても選ばれることは難しかったと思う。
当時の原さんのチームは、Jの中では異端だったし、当時の日本はウイングハーフの選手が持て囃される環境でもなかった。
そういう意味では、石川も不運だったし、東京や代表が違った方法論の指導者によって率いていたら、石川の違った能力も引き出されたかもしれない。
実は、ガーロが監督の時、一時期FW起用していた事がある。
当時は「何で?」と思われていたけど、今にして思うと、カウンターになった時に十分彼のスピードが活きただろうし、その時3バックやってたから、その場合の彼の活かしどころがFWだということをガーロはわかっていたと思う。結局その時は結果が出ずに頓挫してしまったけど。でも指導者によっては、そういう視点もあるということを示した話だったと思う。
何事でもそうだけど、一つの見方だけに縛られるのは良くないということだと思う。