なぜ歌うの?
去年から歌い始めた「民衆のうた」
なぜあれを歌っているのか、そして歌詞の意味を考えたことがあるひといますか?
トリコロールつながりだから?
単に観客動員UPの戦略だから?
ただそれだけで、みんな歌っていたのでしょうか。そしてこれからもただ歌い続けていくのでしょうか?
私は歌いながら、だんだん歌に込められたメッセージや意味を考えるようになりました。
そして、この歌はこれまで幾多の困難や悲しみ、長らくリーグで中位に沈んでいたマリノスにぴったりの歌だな、
そして今のマリノスにこそ、必要な歌だと思っています。
原作、映画、ミュージカル等で『レ・ミゼラブル』という作品に触れたひとならば、ご存知かと思いますが、
あの作中の登場人物たちは、主人公を始め、みんな人生で逆境に喘ぐ 人たちばかりです。必ずしも幸せ、順風満帆とはいえません。
苦しい、無理だ、追い詰められた、もう限界だ…。主人公たちは何度もこんな状況に追い込まれます。まさに苦境のどん底です。
なぜ、そんな悲惨な話を人々は長きに渡って読み伝え観劇し、涙を流してきたのか。
あの作品は、どんな苦境にあっても
それでも!と希望を捨てずに何度でも立ち上がり、闘う人たちの物語だからだ、と私は思っています。
あれは《民衆》の歌。
王侯貴族の歌でもなんでもない。
名もなき弱者、虐げられた人たちが、たとえ敗れても、共に手をとって仲間をつくり、何度でも奮起するための歌だと思っています。
今度スタジアムで『民衆の歌』を歌うときに、少し考えてみてはどうでしょうか。これは、私の勝手な一個人の解釈に過ぎません。
ただ、苦しいときこそ、あの歌を歌え!とあの男が吠えているような気がしてならないのです。
他チーム他サポ?関係ないです。
笑いたいひとには笑わせておけばいいんです。他人様のことなんて気にかけていても仕方がないですよ。
本当に恥ずかしいのは、少しの失敗や挫折で闘う気持ちをなくすこと。
まだリーグ戦もナビスコも天皇杯も終わってないよ!
選手はどこまでやれるか闘うのみ!
サポーターも応援して共に闘うのみ!
だから私たちは、何度でも歌うんじゃないかな?あの歌を。