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札幌の、野々村社長のこれまでの取り組みは
ユニークなものが多い。
例えば社長とのディナーなどの特典がついた
チケットを販売したりと、他のクラブがやらないことも野々村社長自らが率先して表に出ていくことで実現している。
さらにベトナムの英雄レ・コン・ビンを獲得したことで、東南アジアの国々にコンサドーレ札幌というクラブを知ってもらうこともできた。
マーケットとしても大きな可能性を秘める
東南アジアにいち早く目をつけ選手を迎え入れた
そして、札幌には小野伸二と稲本潤一が
所属している。日本サッカーのレベルを一気に
引き上げた黄金世代の中心選手がチームにいる
ことの意味は、やはり計り知れないようだ。
野々村社長が「ダメ元」だったという
小野の加入が実現すると
まずピッチ外での効果があった。
小野が北海道のメディアに取り上げられることで、必然的にクラブの名前も露出される。
それによって
「ライト層の人たちが観戦に来るきっかけになった」と野々村社長は話す。
そして、ピッチ内での変化も当然あった。
2012年に最優秀育成クラブ賞を受賞したこともあるように、札幌は若い選手が多いチームだ。
キャリアが浅いうちに小野伸二という”ホンモノ”を目の当たりにすることで、若手は早いうちから自分がやらなければならないことを理解し、成長することができた。
現在、札幌はJ2で9位に位置する。J1昇格に向けて気の抜けない戦いが続くが、日本最北の地で奮闘するクラブが栄光を手にする日を楽しみに待ちたい。
13744☆背番号12 2015/07/17 20:52 (iPhone ios8.1)
プロ選手の経験が社長業に活きた
札幌が誇る敏腕社長・野々村芳和氏。“元選手”の経営哲学、そして小野伸二がもたらしたもの
1972年に静岡県で生まれた野々村社長は、
サッカー王国でボールを蹴り始め、清水東高校、慶應大学を経てジェフユナイテッド市原(当時)に入団する。中盤を主戦場に活躍すると
2001年に札幌で現役生活に幕を下ろした。
プロクラブの社長に元選手が就くというのは、日本ではまだ少数派だ。
しかし、プロとして人生を賭けたからこそ見えるものがある。
札幌は、債務超過の解消が急務だった。
単純に、選手にかける金額を減らせばすぐに解決したかもしれない。
しかし、野々村社長はそれをしなかった。
チーム強化が満足にできなければ
試合には勝てず、それによってファン・サポーターが離れてしまうという危惧があったからだ。
プロスポーツである以上、結果を出せなければそのクラブの価値は下がってしまう。
そうしたクラブの経営状況の中でも
野々村社長のプロサッカー選手としての経験が
活きた。氏の現役時代
Jリーグは1年契約が普通であり
シーズンが終わればその先はどうなるかわからない。だからこそ、日々を懸命に生き
新シーズンの契約を勝ち取るために必死だった。
そうしたサバイバル精神を自然と身につけたことで、債務超過を抱える札幌の社長に就任しても同じスタンス、つまり1日、1日を無駄にしないよう日々を過ごすことができた。