37377☆遠方組 2017/10/26 23:55 (iPhone ios10.1.1)
リンさんの質問:浦和の例
浦和レッズは元々浦和のクラブではありません。
母体となった三菱重工サッカー部は、Jリーグ発足前は元々東京で試合を開催してましたが、Jリーグ立ち上げの際、国立競技場は中立地とすることとなり、東京近郊で本拠地を探した結果浦和の駒場陸上競技場に落ち着いたというわけ。
でも、だからJリーグブームもあって浦和が盛り上がったなんてわけではありません。
そもそもは、浦和サッカークラブという社会人の強豪クラブが50年代からあり、全国大会で何度も上位に入るぐらいだった上に、高校サッカーでも浦和には強豪校があり、さらに70年代には、その強豪校の一つをモデルに、梶原一騎原作の「赤き血のイレブン」という漫画(のちにアニメ化)も制作されるほど、浦和は長きに渡り「サッカーの街」でした。
サッカーどころとしては静岡県が有名ですが、浦和も負けず劣らずだったわけです。
北九州は、八幡製鐵サッカー部という、天皇杯で優勝経験(引き分けで2チーム優勝扱いでしたが)もあるクラブがありながらも、あくまで新日鐵のチームという感覚、市としては強い少年サッカーチームがある程度にとどまり、高校以上で全国的にも強豪校があるという状態ではなかったこと(高校選手権で福岡県のチームが初めてのベスト4に行ったのは、とびうめ国体のために県の肝入りで強化された91年正月の東海大五。その時には市内出身の選手も複数名スタメンにいた)、そして一説にはJリーグ立ち上げの時に参加を要請されながらも新日鐵が断ったため空白になったこと、等々あり、サッカーが市全体の話題になることなどなかったわけです。
ついでに言うなら、「わっしょい百万夏祭り」が立ち上がるまで、旧5市の枠組みでしかイベントの類がなされてなかったという、市全体での盛り上がりに欠けていたというのもあります。
ギラヴァンツにしたって、小倉の方では、一部ファンを除けば「八幡の果てで何かやりよる」ぐらいの認識だったんじゃなかろうかと。
簡単にああいう風にはならないですよ。
後発なのにあれだけ成功した川崎フロンターレや、地方都市で人口も少ないのにJ1で戦ってる鳥栖や甲府の例から学んだ方がより実践的な気がします。