川渕三郎連載にてJリーグ開幕裏話
No.322599
お邪魔でしょうが引く引けず、これで最後ですので(-人-;)
話は遡り20チームから14チームへ絞る段階

本田技研は日本リーグ時代の強豪
川渕氏と早稲田大学の同期、宮本征勝氏が役員を務め、担当常務もまたプロ化に熱心との話だった

かたや浦和市の青年会議所の武正氏(後に衆議院議員)も熱心に誘致活動
川渕氏は本田技研へ埼玉県和光市はどうかと薦めた。同期の宮本氏もおりスムーズに進むと思った
本田側と埼玉県知事の話合いも順調な感触を得た

本田技研がちょうど社長交代の時期で埼玉県知事へあいさつへ行った時の事
知事「それではプロリーグ宜しくお願いします」
社長「んっ!何ですか?」
なんと会社のトップには伝わってなかった。

本田技研の本社では
「どうなってんだ」
「やるなら浜松だろ」
「そもそも会社のコンセプトに合わん」
本田技研はプロ化は見送り、それにより宮本征勝氏は鹿島へ移籍し初代監督となった

突如頓挫した浦和の青年会議所、理事長らが川渕氏のもとへ飛び込んで来む
「他のチームの紹介をして欲しい」
困りはてた川渕氏はある話を聞き付ける
三菱が本拠地として進めている江戸川区の陸上競技場の改修、区とうまくいってないという
三菱に浦和を打診するとうまく話がすすんだ

ちなみに神奈川では4チーム参加がネックとなっていたが、フジタ(現湘南)もまた浦和に接触するも
三菱にタッチの差で浦和本拠地に成り損ね、後に初年度参入にも成れなかった。

Jリーグきっての人気チーム浦和レッズはこうして誕生した。

おしまい m(_ _)m

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