4749603☆ああ 2026/01/01 22:48 (Chrome)
>>4749567
『蟹工船』は帝国海軍の援護下、厳寒期のオホーツク海で操業する蟹工船を舞台に、苛酷・悲惨な労働条件に抗して立ち上がる労働者群像を描いた意欲作だ。志賀直哉に私淑した作者の、写実的手法による厳寒の荒海や船内労働の迫力ある描写は今も新鮮だ。
プロレタリア文学作品の代表作と評される『蟹工船』が、教科書に載ったことがある(光村、現代国語)。『蟹工船』の「二」から始まる部分を採録、「当時非合法であった党の組織活動に献身するかたわら、作品を書くこと自体が権力の弾圧下に身をさらすことになるというような苛酷な状況のもとで、プロレタリアリアリズムへの道を歩んだ。一九三三年(昭和八)逮捕され、厳しい拷問を受けて二十九歳の短い生涯を閉じた」、と作者を的確に紹介した。
秋田の貧しい農家に生まれた小林多喜二は、四歳の時に一家で小樽に移住、伯父の援助で小樽商業から小樽高商へと進んだが、伯父の仕事を住み込みで手伝う等、さまざまの苦労をした。小樽高商卒業後、北海道拓殖銀行小樽支店に就職した多喜二は、同人誌を創刊主宰、やがて小樽の三・一五事件に取材した『一九二八年三月一五日』を『戦旗』に発表して注目された。この『蟹工船』も実際の事件に取材、綿密な調査・聞き取りを元に書かれ、『戦旗』に発表された後、刊行されたが発禁になった。この作品が自由に読めるようになったのは敗戦後のことである。