No.706196
長くなりますことお許しください。
背景として世界史的な話になりますが、スポーツとは生活と時間にゆとりがある富裕層に限られ、18 世紀後半から 19 世紀にかけて社交場として設けられました。差別意識の強かった時代ですから、当然スポーツをしていいのは富裕層に限られます。富裕層にとって都合がいいように、常日頃より身体を使っている労働者層をスポーツ界から締め出すために『アマチュアリズム』という差別思想が考案され、不幸なことに日本にもそれが伝えられました。
バブル崩壊前の1990年3月に、7つの条件からなるプロリーグ参加条件(クラブの法人化、ホームタウンの確立、1万5000人以上収容可能なナイター設備付きの競技場の確保、18人以上のプロ選手との契約、下部組織の運営 等)が決定されました。企業チームが主流の日本のアマチュアクラブにとって致命的な条件が、幾つか含まれていました。
この条件の元、以下8クラブが資金的にもJリーグ発足条件を満たせる富裕層クラブとして予定されていましたが、バブル好景気の恩恵や社会貢献ブームが後押しして希望団体が多かった為、追加2枠を争うことになりました。
@予定8クラブ
・古河電気(ジェフユナイテッド千葉)
・読売クラブ(ヴェルディ川崎)
・日産自動車(横浜マリノス)
・松下電器(ガンバ大阪)
・トヨタ自動車(名古屋グランパス)
・全日空(横浜フリューゲルス)
・三菱(浦和レッズ)
・マツダ(サンフレッチェ広島)
A追加2枠の争い
・清水市民クラブ(清水)、ヤマハ(磐田)、ヤンマー(C大阪)、日立製作所(柏)、フジタ(湘南)、住友金属(鹿島)の6つのクラブ
結果、高校総体サッカー競技場の日本平運動公園球技場を所持していた清水市民クラブ(清水)と、「観客席に屋根の付いた1万5000人収容のサッカー専用競技場を建設すること」という条件をクリアした住友金属(鹿島)が、追加2枠を獲得しました。
そうして設立されたのが、オリジナル10と呼ばれるJリーグクラブです。