【小松 蓮:松本山雅FC】「期待の星」ブレイクの時 父とともに描いた軌跡の先へ
「将来はもちろん松本山雅FCに入りたいです。塩沢選手のような、泥臭い粘りのあるプレーができる選手になりたいです!」
13歳から松本山雅FC(当時JFL)のU-15に所属。「山雅はJリーグ加入を目指していたし、『Jの育成組織』ということが僕ら家族にとっては重要だった」。プロキャリアを歩むことは家族全員の夢で、あらゆる努力を惜しまなかった。とりわけ父の姿勢は「つらくてたまらないほど厳しかった」と当時を振り返る。
氷点下の諏訪の冬も、毎朝6時から父と2人で練習を欠かさない。「その時は嫌でしょうがなかった。でも、今があるのは間違いなく当時のおかげ。自分一人だったらここには来ていない」。子どもらしい遊びもせず、サッカーだけに打ち込む日々。なかなか結果に繋がらず自信を失うたび、「必ずプロになれる」と背中を押し続けてくれたのもまた父だった。