混戦の中でも落ち着き、隙間を見つけてゴールへパス出来る選手はGKを交わしてるから。やみくもに蹴り飛ばして決まらない選手は交わしてないから。
それは思考が動いてるか、止まってるかの違い。
日本人は止まってるからパニックに陥り、頭が真っ白になる。だから力任せに蹴り飛ばしす。
部屋にゴキブリが現れた時と同じ。思考してるから思考が止まる。
しかし一時間も格闘するとだんだん怖さも薄れる。するとGが逃げ回る方向性や習性が予想できるようになる。
習性さえ掴めたらこっちのもの。あとはその予測先へ新聞を振り下ろすだけ。その瞬間、まだ目の前にいようがいまいがGを交わしてるんだ。
Gは怖いものだと思考してるから実体を現実以上のものとして把握し、巨大な怪物に襲われてると思考が恐怖が創造してしまう。自分でも自分が手に負えなくなって、やがてパニックを引き起こす。
だから思考を止めればいい。
思考を止めると創造は消えてなくなる。すると静寂が訪れ、恐怖を付加しない現実を垣間見ることが出来る。
いわゆるゾーンってやつ。自分の時間軸に入り込むこと。
日本人は自分の時間軸ではなく、周りの価値観に執着してるから、周囲の時間軸ばかり見てるから、GKは怖いものだと思考してるから、その創造世界で恐怖が膨らんで怪物に向けて蹴り飛ばしてしまう。
つまり、ちゃんと思考してるからこそ正当な価値観の基に現状を把握し、しっかりと現実を踏まえるから、現実を見誤るわけ。日本人は相手をリスペクトしすぎるというのがそれ。
まるで自らの思考に溺れてるようだね。それが闘う意志のなさを引き寄せてる。恐怖は相手に内在する力ではなく、自分が生み出した産物なんだ。その怪物を生み出してるうちは自分と闘っていない。
言われたままを、言われたままにしか出来ないのは自分の中を見詰める眼を持っていないから。だから思考がパニックを起こし、恐怖を創造し、その恐怖が巨大な怪物を実体化し、それがあたかも現実であるかのように錯覚を引き起こし、我々は弱いと殻に閉じこもってしまう。それが哲学がないということ。