アニポケさん
当時のセリエAは世界最高リーグと呼ばれるくらいのレベルの高いリーグ。そしてローマはユベントスやミランと並び、優勝候補の一角に上がるチーム。その中でトッティはローマの王子様とよばれ、人気も実力もローマでは唯一無二の存在。今で行ったら、チェルシーのアザールくらいの存在。
中田英寿がローマに移籍するとウワサが出た時、トッティは中田が来るなら俺は出て行くと言わしめたほど、周囲からの実力は高く評価されていた。
どうしても中田が欲しいが、トッティが出て行くのは困ると考えたカペッロは、中田をトップ下ではなく、ボランチでの起用を考えた。ただこれがうまく機能しなかった。
トッティが調子が悪い時に、たまにトップ下で出ることもあったが、その交代でも見事に結果を出し続けた。というのが、ローマ1年目の話。その後はやはりトッティを下げるという戦略は取れず、トッティの控えとして出たが、調子も上がらず、パルマに移籍。
当時の日本人からすると、とんでもなく高い評価を受けて活躍したが、トッティとサシで勝負できたら中田の方が勢いあっただけに、勝っていたのでは?と当時は思いました。