明確な戦術というものがありそうでないのがサッカーであり、戦術というのは役に立ちそうで実は大して役に立たないのがサッカーだ。
サッカーは意志を持った相手と戦うスポーツなので、例えば右をケアするという戦術があったとしたら相手は左に行くだろうし、人数をかけて相手を囲むという戦術があったとしたらその分どこかが手薄になるので相手はロングボールを蹴ってくるだろう。
魔法の戦術など存在しない。
誰かが「戦術3割」なんて言っていたが、70の力しかないチームが100の力を持ったチームに戦術で対等に戦えるなんてことは有り得ない。
戦術でチーム力を上乗せできるのは、MAXでもせいぜい5%ぐらいではないか。
元々無い力を戦術で5%も上乗せできれば、それはもはや稀代の名将と言えるだろう。
では、代表監督は誰でも良いかと言えば、決してそうではない。
代表監督にとって主に重要な仕事は以下の3つ。
それは、
・選手選び
・チームのモチベーター
・戦い方の「大枠」を決めること
だ。
戦い方の「大枠」を決めるというのは、「戦術」と混同されるものではなく、そのチームのベースとなる戦い方、スタイル、方向性と言ったものの事だ。
例えば欧州では小柄な部類に入るスペインは、長年テクニックを駆使したパスサッカーをベースとしてきた。
もちろん彼らはそれ以外、カウンターサッカーもできるし、フィジカルだって決して弱い訳ではないのだが、それが彼らの「強み」になることは決してない。
対してギリシャなどは不器用だが屈強なフィジカルを生かして守備的な放り込みサッカーをベースとする。
ギリシャがテクニックを駆使したパスサッカーをやろうとしても、決して彼らの「良さ」は引き出せないだろう。
森保については、選手選びについてはその時の条件下で今日本から選べる選手のチョイスとしては妥当なところだと思うし、早くから中島、南野、堂安らを中心に据えて世代交代をスムーズに促し富安の発掘など評価できるところもある。
戦い方の「大枠」についても、基本ベースはポゼッションサッカーで主導権を確保しながらスピーディなパスサッカーをやりつつも、一昔前の代表と比べればちゃんと局面で選手は積極的に勝負するし、前に行く推進力もある。
それは「大枠」として今の日本に合っているスタイルだと思う。
日本代表監督の条件は世界的な名将である必要はなく、日本の特性や長所、短所、日本人の気質を理解し、日本の強みを引き出す人選と戦い方の「大枠」を設定できる監督であること。
そうなると、日本人監督の方がより日本を理解している分だけ適していると言えるが、アギーレは例外として日本に非常に合っていたと思う。