131069☆Schi 2017/03/06 01:24 (iPhone ios10.2.1)
男性 57歳
akkyさん
磐田サポの10番像って基本的にファネンブルグであり俊哉なんですよ。どちらも超一流の点取り屋でセカンドトップやシャドーのようなモダンな10番でした。
ひとり抜かしてその系譜を継ぎそうだった山田がドイツ行っちゃいました。基本的にオフトから始まってるチームなんで、いわゆる古典的な司令塔タイプの和司さんとか俊ちゃんは、名波が出るまで持たなかったけど、その名波は磐田では7番。
名波が代表で「10番」を着けながらその番号に拘りを持たなかったことは、チームでの俊哉との縦関係や自分のチームでの立ち位置とも関係してるような気がします。だから逆に名波はアジアカップで根っからのセントラルプレーヤーでありトップ下である俊輔とポジションチェンジをできたし、その関係性が今日俊輔が磐田に来た縁ともなりましたよね。
さらに縁は続きます。トルシエジャパンで二人とも最終メンバーから外れ、代表は俊輔が選出されれば着けたはずの10番は空き番で、それをウチの隊長が着けたと。(笑)
そしてトルシエジャパンの中心は10番ではなく7番ヒデ。これらの背番号物語はチームや監督が中心選手に求めるプレースタイルもあわせ、いろんな意味で示唆的です。
俊輔が来る前には名波は10番を誰にも着けさせなかったといいますが、俊輔のタイプの10番自体が磐田では初めてのタイプなんです。俺はそこに何か、名波の少ない手駒でのもどかしさと、チーム改造への執念を感じます。ゴールをとる俊哉(歴代ミッドフィルダーのゴール記録保持者)のような10番がいれば(プラス上田が着けていなければ)、俊輔がレジスタとして名波の7番を継ぐのも面白かったと思うのです。でも俊輔には俊輔の10番像やサッカー界レベルでの俊輔のブランドイメージもあり、それをそのまま名波は俊輔に背負わせた。
このチームが俊輔システムのチームだということを軽く考えるべきではないと思います。名波はそれだけの覚悟をもって10番中村を招聘したと俺は思っています。