No.365947
クラブが遠藤に何を期待してるか?
現代サッカーって、かなり分業制が確立されてて、ボールを運んだり仕掛ける人、ボールをつべこべ考えず、機械的に動かしてチームに自動性をもたらす人がいる。書き出したらキリがないが、例えばキーパーの守備範囲の拡大から見ても、より時間もスペースも無い中で、勝つために選手はより機械的に、より精密に、より速く、強く、より正確に動かなければならないし、それが勝つ為の戦術ではあるんだけども、そういった現代サッカーであるからこそ、個人の戦術眼で臨機応変さが生み出せる遠藤保仁みたいな選手は絶滅危惧種になりつつあり、より存在意義が貴重なものになってる。
フベロサッカーなら指笛を鳴らす前に選手がより速く、どんどんボールも人も動かす必要性があったし、もっと前の話だと山本昌邦さんの、奪ってから15秒、クロスからの攻撃を増やす。これらの方向性は私は現代サッカーで勝てるチームを作るなら全然間違った方向性ではなかったと未だに思う。
で、そういった現代サッカーで勝てる要素が、戦術が出来つつあるチームにヤットが居ると、前述通りより効果が出る。
しかし今の磐田はコロコロ監督変えて、長くやらす監督には戦術を落とし込む力が無かったりと、スタイルもベースもなくズルズルきてる。
で、立て直しの意味で遠藤保仁に白羽の矢が立ったんだろうけど、皆さん仰るように、現代サッカーの潮流を考えれば補強ポイントは遠藤保仁ではないよね。
今の磐田には使う側で違いを作る選手より、使われる側で違いを作る選手の方が絶対的に必要性を感じる。
今の磐田の選手のレベル考えれば、遠藤も補強にはなるんだけど、より補強しなければならない、ポジションや選手のタイプは明らかに遠藤ではないよね。
その辺のクラブのサッカーに対する考え方やスタンスが、新しい古いとかそういう表現は使いたくないんだが、ずっと古く感じる。
そういったところも徐々に変わっていって欲しいが、気配は無い。
中盤のゲームメイカーが支配して試合も制するような考え方は悪いがもう古い。それが、静岡サッカーのアイデンティティなのかもわからないが。