16676☆こんな事があったんだな。 2014/05/21 19:08 (SC-06D)
プライドオブ浦和もここから?
特別な思いが込められた応援旗が、浦和のJリーグ初優勝を見届けた。2日、浦和−G大阪戦が行われた埼玉スタジアムのホーム側スタンドの一角に色あせた旗が掲げられていた。描かれていたのは、浦和がJ2から復帰した5年前のシーズン終盤に急死したサポーター矢島篤史さん(享年22)の在りし日の姿。願いがかなう前に逝ってしまった矢島さんの思いも込めてサポーターは叫び、選手とともに優勝をつかみ取った。 色あせた1枚の応援旗に浦和サポーターの思いが込められていた。埼玉スタジアム2階席の一角に掲げられていたのは、5年前に亡くなったサポーター矢島さんの雄姿を描いた旗。優勝報告のために場内を1周した選手が、その前を通過すると、サポーターの歓声はひと際、大きくなった。 当時大学生の矢島さんは浦和サポーターの中核グループ「URAWA BOYS」の一員だった。ホーム、アウエーに関係なく応援に出向いて声をからしていたが、05年10月、この日対戦したG大阪とのアウエー戦の翌日に突然倒れた。大阪から車を運転し埼玉に戻ると、そのまま草サッカーの試合に出場。急性心不全で帰らぬ人となった。 矢島さんのサポーター仲間は参列した葬式で誓いを立てた。「必ず、お前に優勝の報告をする」と。「いつも一緒にいる。ともに戦うんだ」との思いを示すため、すぐに旗の制作に取り掛かった。情熱的で、やんちゃだったという矢島さんは亡くなる1カ月前、国立競技場の聖火台に登るという大胆な行動に出た。すぐに警備員に引き下ろされたが、鹿島戦の試合直前、青空に向けて「PRIDE OF URAWA」の旗を突き出した場面は、仲間の脳裏に焼き付いていた。それを絵に描いて再現した。 「URAWA BOYS」のリーダー角田修一さん(35)は「兄弟のような関係でした。亡くなって5年になりますけど、仲間の心の中ではずっと生き続けている。やっと、あいつとの約束が果たせました。これで供養ができるかなと思っています」。旗を掲げていたスタンド2階席に赤く充血した目を向けた。 矢島さんが残した「PRIDE OF URAWA」の言葉は、聖火台の一件を契機に広がり、今ではサポーターの合言葉になっている。旗は色あせていくが、矢島さんを描いた旗は、なくてはならないサポーターの象徴として、長く引き継がれていくに違いない。