305217☆ああ 2017/07/30 16:00 (iPhone ios10.3.3)
興梠はミシャだけが理由で浦和に来たわけじゃないよ
2013年、鹿島から浦和に移籍した興梠は、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督のサッカーをその理由に挙げた。2011年、ナビスコ杯決勝で敵として戦った興梠は「浦和は個人技で押してくる」チームだと感じていたようだ。しかし、翌年ミハイロ・ペトロヴィッチ監督を迎えた浦和とホームで対戦し、1-3の完敗。そこで浦和は個人技中心のサッカーから組織でハードワークするサッカーへと変わったと実感したという。また、ペトロヴィッチ監督のサッカーは自分の理想のサッカーであったことも明かした。
そして、浦和から獲得のオファーが届いた際にはペトロヴィッチ監督のもとでサッカーをしたいと、移籍を決断。
さらに、浦和移籍のひとつの理由となったのが「サポーター」の存在。2013年10月、2度目の古巣対戦となったカシマスタジアムでの鹿島戦で、浦和サポーターが興梠のチャントを歌いながら敵地へ乗り込む動画を見て、「涙が出そうなくらい嬉しかった」と感動したのと同時に、活躍できなかった自分を責めたという。
また、浦和サポーターは浦和で実績を残していない新加入選手に対しては、チャントはおろかコールさえもなかなか作らないことは知っていたようで、2013シーズンの第3節で自身のチャントが披露されたことは不思議に感じていたようだ。司会を務める浦和レッズOB水内氏は「第2節名古屋戦のアシストがサポーターの期待に答えたプレーだったからでは」と分析した。
最後に、水内氏が「ペトロヴィッチ監督のサッカーが理想なら広島時代に誘われていたら移籍していたか?」と質問すると、「行かないです。」と即答。
サポーターの数の違いを挙げ、鹿島時代から敵としてサポーターの数とアツさには感嘆していたといい、浦和サポーターを味方として、共に戦いたいという想いが移籍の一因になったようだ。