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就任6年目を迎えた今季序盤は好調だったが、首位で迎えた4月30日のさいたまダービーで最下位の大宮アルディージャに敗れてから歯車が狂い始めた。そこからリーグ戦では3勝1分け8敗と急失速。29日にアウェイで行われた札幌戦は前半に槙野智章の退場で10人となったにも関わらず、ハーフタイムに3人を一気に代えて交代枠を使い切る指揮官の大胆な采配が裏目に出た。那須大亮が後半開始わずか3分あまりで負傷のため退き、9人での戦いを強いられて完敗。試合後、さいたま市内に戻ったクラブ幹部は深夜まで緊急会議を開いて最終決定した。山道守彦取締役強化本部長は「2カ月間いろんなアプローチはしていたが、なかなか改善が見られなかった。札幌戦の試合内容と諸々のことを見て『ここで判断すべきじゃないか』という結論に至った。ここで新しい風を取り入れなかったら、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)やJリーグYBCルヴァンカップ、スルガ銀行チャンピオンシップも含めて、我々が目指すタイトルで勝ち抜けないんじゃないかと思った。本当に苦渋の選択」と、これまでの経緯を明かした。
次節の大宮とのさいたまダービーや、川崎フロンターレとのACL準々決勝も控えたタイミングでの交代劇。練習場は朝から重苦しい雰囲気に包まれ、涙ぐんだような表情でグラウンドに現れる選手もいた。サンフレッチェ広島時代から10年以上も監督の下でプレーしてきた槙野は「個人的には浦和の誰よりも長く一緒にやってきて、人一倍思い入れは強い。ただの監督と選手という関係を超えた関係だったと思うし、こういう状況になった責任を感じている。毎年一緒に誕生日パーティーをやっていたので、せめて誕生日(10月18日)までは……。ここまで浦和というクラブを変えてくれたし、僕自身もここまで成長させてもらった」と、声を詰まらせながら恩師への思いを口にした。プロ1年目から先発に抜てきされ、今や主軸となった関根貴大は「駄目な時期も辛抱強く使ってくれたので、結果でもっと(期待に)応えたかった。本当に残念な形で終わって自分も悔しい」と言葉を絞り出した。
堀監督が6年前に「ピンチヒッター」を務めた時はリーグ戦で5試合を指揮して役目を終えたが、今後について山道本部長は「信頼しているから監督に就任していただくので、スパンは今シーズン云々というよりは、ある程度のものは彼に与えていかなくちゃいけないと考えている」とコメント。淵田社長も「彼は育成に対する見方もしっかりしている。そういう人が将来にわたって新しい浦和レッズのサッカーのステージをつくってもらうのを期待したい」と、今回は暫定的でない考えを強調した。わずか3カ月前まで誰もが想像できなかった低迷から抜け出し、本来の強さを取り戻すために新体制で再出発する。