畷橋レッズ
No.572718
浦和の魅力
ふと浦和の魅力ってなんだろうと思い書きました。今でこそ浦和にはレッズがあり心の拠り所になっていますが昔は本当に何もなかったなぁと思います。

私が小学校に上がる前といえば、伊勢丹やコルソもなく駅前ロータリーは舗装もされていませんでした。県庁こそありましたが目ぼしいところではヨーカドー、西友、須原屋と銀座アスターくらいでしょうか、また列車も東北線高崎線は日中通過していました。

そんな埼玉浦和にプロサッカーチームがくるとの話しを耳にし大変嬉しく感じたのを今でも覚えています
『俺の浦和にプロサッカーチーム!』晴れて1993年開幕致しました。

有名な選手?福田?それと柱谷?そのほか…ヴェルディや鹿島と比べると全国区で知られる選手は少なかったでしょうかモラレス?フェレイラ?誰だそりゃ、みたいな感じでしたから(現に直ぐに契約打ち切り)

でも皆浦和の選手、広瀬、名取、モッチー、ツッチー、田北、トレビー、河野、田中、二宮…
開幕してうちとガンバが連敗街道まっしぐらで対決、結果敗戦『なんて弱いんだ』と当時思いました。でもなんかここから始まった気がしました。

なんにもなかった浦和にプロサッカーチームが来てくれた、どんなに弱くても俺たちのチームだし、応援できるチームがあるだけで本当幸せでした。

当時から浦和サポの熱狂度と応援は日本一と言われてましたが、選手にとっては魅力的なチームではなかったかもしれません。

あれから時が流れ埼スタができ、駅にはレリーフやサッカーストリートも作られました、またエースも浦和に根をおろすつもりでお店も出してくれました。

私たちサポも浦和(サッカーを含めた大きい意味で)に魅力的になったと感じていると思います、また選手も(年俸、埼スタ、ACL、大原、サポ、チームメイト、浦和の街、都心から近い、クラブ)個々で違うかもしれませんが魅力を感じ在席してくれていると思います。

長い月日を掛け浦和の街、サポ、選手、クラブが一体となって浦和ブランドを形成してきました。

そして大槻監督になりました、選手やサポの気持ちを凄く良く感じ取れる監督だと確信してます。どんなに弱くても、負けてもこの監督を信じまた浦和の魅力を感じ、浦和に来てくれた選手に感謝し応援したいです。

そしてこれこそwe are reds なんだなと改めて感じました。

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