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伝説のACLノックアウトステージのホーム埼スタ4決戦。
こんなスリリングな試合の連続は今後もそうはないでしょうね。
「埼玉スタジアムの重圧がどれほどのものか、彼らは土曜日に思い知るだろう…」
ズラ名言過ぎる!!
男性 58歳
あの高木の左足ショットはどう見ても狙ってる
ようにしか見えない。いずれにしても結果はわかってるのになぜハラハラして決まれば雄叫びをあげてしまうんだろう!?
明日は準決、決勝だ!絶対勝つよな!
夢じゃなかったよな!
エメルソン 札幌、浦和……最高の勲章だ。
――日本でプレーしていた頃の最大の思い出は?
「若くして日本へ渡ったわけだけど、この選択は俺にとって大正解だった。
日本人は皆、とても礼儀正しくて、他人への思いやりがある。日本で過ごした5年半で、俺は選手としても人間としても大きく成長した。
札幌で優勝と昇格に貢献できたし、浦和でも重要なタイトルを取ってファンに喜んでもらえた。彼らの笑顔が、僕にとって最高の勲章だ」
――とはいえ、日本ではピッチ内外の問題行動で話題を集めました。頭を抱えたクラブ関係者が少なくなかったようです。
「ああ、あれね……怪我の治療で遅れたこともあったし、家族の問題で来日できないこともあった……」
――当時の自分を振り返って、今、どう思いますか?
「若かったから、多少の間違いをしたかもしれない。そのことで周囲の人に迷惑をかけたのであれば、謝るしかないな……」
――日本で最も苦しめられたディフェンダーは?
「横浜F・マリノスの中澤(佑二)。大柄で、パワフルで、インテリジェンスもあった。でも、ハードではあっても汚いプレーはしない。素晴らしいディフェンダーだった」
――当時の選手で最も評価していた選手は?
「一番好きだったのは、中村(俊輔。当時横浜F・マリノス)。魔法のような左足の持ち主で、状況判断も素晴らしかった。シンジ(小野伸二、当時浦和)は、とてつもないテクニシャン。まるで南米の超一流選手のようだった」
この試合指定に座っていましたが、雰囲気やばかったです。
ラファのゴール決まった瞬間、1人で参戦していたスーツの仕事帰りの方、老夫婦、親子連れ、全ての人たちが立ち上がって目の色変えていけるぞ!って言っていました。
なんというか、理屈じゃない不思議なパワーみたいなものが絶対にあの瞬間あの場所にあったと思います。
埼スタ150試合くらい参戦していますがこんな光景なかったです。
この試合は1st Legで等々力で負けても2ndでひっくり返すとサポが試合後まるで諦めてなかったからな。
武藤がアウェイゴール取ったときに誰も喜んでなかったけどまだ行けるという顔に変わった瞬間でもある。
等々力の1階は狭いゴール裏で試合後に脱水症状でくらくらして地面に這いつくばってくたばるまで
みんな応援してた。2階席も座りながら熱くサポートしてた。それで埼スタに戻ってやっぱり熱いサポーター。
サポーターってこうじゃないといけないと思った試合でした。これは選手とサポが一体になれたから勝てた試合。
男性
そうだね まだまだ柏木にはやって貰わないと
だけど柏木を超える若手に出てきても欲しい
わずか90分ちょいでこれだけ魂が揺さぶられるサッカーてほんといいよね。
早く再開できるように今はおとなしくして力を貯めておこう。
あの時は、サポの声が川崎の選手だけでなく、ベンチも飲み込んでいましたね。中村下げてくれて助かった。ラファと高木のゴールには本当に狂喜乱舞しました。これぞ
This is URAWA
です。
書いているうちに生で試合を観たくなってきた。しかしまだ我慢、我慢。
今思えばこの大会はラファのイメージが大きいけど、柏木が居てこそ取れた大会だったよな。
このwe are redsの時も登里選手、鳥肌がたってたのかな?
こんな劇的な展開があるのかね。
POUが心地良く響きわたる。
最後色々言われてしまった堀さんだけど、やっぱりこのACLは感謝しかない。
ありがとう堀さん!
この日のトシは良かった。
最後のは、サッカーの神様からのご褒美だったね。
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