☆☆ 2017/06/18 18:36 iPhone ios10.3.2 No.36925 過去と比べると、選手は気持ちのこもったプレーをしてるように見えます。選手は試合全体で個の能力の80%は出せていると思います。次の試合で結果を出す為には、今レノファに在籍する選手の個の能力を最大限活用する戦い(フォーメーション、戦術など準備も含め)をするしかないと思います。それを決めれるのは監督、コーチの皆さんです。頼みます。 選手を鼓舞する手段としてブーイングもありますが、今、選手はもういっぱいいっぱいかと。今は悪いプレーがあったとき、その瞬間に叱咤激励し、試合を締める以上は難しいかと。
ハル 2017/06/18 18:24 iPhone ios10.3.2 No.36924 パピヨンさん (去年、練習中に庄司が廣木に対して声を荒げてる意味がわかって来た) とは、どんな事がわかって来たんですか?
サポ 2017/06/18 18:13 iPhone ios10.2.1 No.36923 心優しいレノファサポさん達、 ブーイング=自分たちが応援してるのに何負けてんだよ と思っておられるのでしたら、違いますよ! まぁ何を言ってもブーイングはやめろという考えなのでしょうけど、愛のあるブーイングがあるという事を知ってほしいです。 少なからず私が今まで見てきたブーイングは皆怒りをぶつけているとかではなく、心から応援してるからこそのブーイングでした。 ブーイングがあってこそ、よっしゃとなる選手も結構いますよ。 ブーイングしろと強要しているわけではありませんので悪しからず。
アンディー 河豚 2017/06/18 17:56 F-01H No.36922 男性 ブーイングしたいならすればいいと思いますよ。ただそのブーイングした人をブーイングしたいと思う人は必ずいるという忘れなければ。それとも他人にはするが他人から自分はされたくないという論理?それは通用しないですよ。
ああ 2017/06/18 16:08 iPhone ios10.3.2 No.36917 小塚は自分より岸田という判断ではなくオフサイドやったから関わらなかっただけ。 でもあの密集した局面でよく見えてると思うよ。
もう四十路 2017/06/18 14:50 SO-03G No.36916 男性 ブーイングって極論すれば 「折角俺達が応援してやってるのに勝てないって、応援してやってる俺達に申し訳ないって思わないのか」 って気持ちの現れでしょ? 要は自分の見る目があったって事を認めて貰いたい承認欲求が満たされないから、その鬱憤を選手たちにぶつけているだけ。 ブーイングが自分の気持ちを選手に伝える手段というなら、労いや励ましだってそうでしょう。 だったら、労いや励ましをやめてブーイングしたからって勝てるようになる保証は一切ない。 それなら上から目線でブーイングするより、選手と一緒に涙を流す方を選ぶわ。
うべみん 2017/06/18 14:32 iPhone ios10.2.1 No.36914 男性 スタッツでは圧倒してたんですけどね〜 どうも昨日は選手間が広かった気がします もう少し詰めてパス回せばアタッキングゾーンでのボール回しも増えてくるでしょう オウンゴールなどの痛いミスもありましたが、レノファのサッカーできてましたよね ゴールになりませんでしたが、細かいタッチからの小野瀬のシュートは綺麗で思わず叫びました笑 後は、金沢のGK白井選手が凄かったです もちろん勝つためには守備も大事ですが、白井選手相手に2点奪えたのは攻撃が上り調子になってきた証拠かなと 毎試合相手が違うので単純な比較はできませんが、、、 あとはケガをしてる選手の早期復帰を願うばかりです とにかく勝つまで諦めないでくれレノファ山口
レノポン 2017/06/18 14:04 SO-02G No.36913 男性 昼過ぎになんかきてるね(^^;↓ 監督交代の劇薬を投じた時、猿澤前監督はスタイルを維持しながら、、、と言いながらも、今の選手達の良薬は「勝利」です。どんな形でも良い!と、言ってました{emj_ip_0794}もう少しのとこまで来てます、次こそ勝利の良薬を{emj_ip_0794} レノファ山口頑張れー{emj_ip_0113}{emj_ip_0097}
チェックメイト・キングツー 2017/06/18 14:01 none No.36912 男性 諸君、狂いたまえ まことに小さなサッカーチームが 開化期を迎えようとしている。 小さなといえば、 2016年初年のレノファほど小さなチームは なかったであろう。 特徴といえばパスしかなく、 人材といえば10年の間、 アルバイトで生計をたてる選手しかいなかった。 レノファ維新によって、 山口人は初めて近代的な 「サッカーチーム」というものを持った。 誰もが「サポーター」になった。 不慣れながら「サポーター」になった山口人たちは、 プロサッカー史上の最初の体験者として その新鮮さに昂揚した。 この痛々しいばかりの昂揚が分からなければ、 この段階の歴史は分からない。 社会のどういう階層のどういう家の子でも、 ある一定の応援をするために、 必要な声援と根気さえあれば、 男性にも主婦にも子供にもサポーターにもなりえた。 この山口の明るさは、 こういう楽天主義から来ている。 今から思えば実に滑稽なことに、 公務員の他に主要産業のないこの山口の連中が Jリーグ先進国と同じチームを持とうとした。 サポーターも同様である。 財政の成り立つはずがない。 が、ともかくも近代サッカーをつくりあげようというのは、 もともと維新成立の大目的であったし、 維新後の山口民達の少年のような希望であった。 この物語は、その小さなチームがJリーグにおける 最も古い大国のJリーグのチームと対決し、 どのように振る舞ったかという物語である。 主人公は、あるいはこの時代の 小さな山口ということになるかもしれない。 ともかくも、我々は 3人の人物のあとを追わねばならない。 長州は山口市に、三人の男がいた。 阿武郡に生まれた河村 孝は、 J2リーグ参戦にあたって 勝利は不可能に近いといわれた J3優勝にいたる作戦を立て、 それを実施した。 監督の上野 展裕は、 JFLの選手を育成し、 史上最強の騎兵といわれる セレッソ大阪を破るという奇蹟を遂げた。 もう一人は、遠くアルゼンチンより レノファのパスサッカーに 新風を入れてその中興の祖となった 新監督 カルロス アルベルト マジョールである。 彼らはトータルフットボールという時代人の体質で、 前をのみ見つめながら歩く。 登って行く坂の上の青い天に もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、 それのみを見つめて坂を登って行くであろう。 坂の上の雲より