ああ
No.159613
達磨体制の甲府
確かに指針としてはそうだった。少なくとも17年シーズン前半までは。でも後半、徐々に勝てなくなり降格圏が迫ってくる頃になるとリアリストに徹して引きこもり戦術を多様するようになった。

翌年の18年はJ2での仕切り直しの意味も兼ねてとりあえず達磨監督を続投させたけど、そこでも振るわず結局、上野監督にバトンタッチ。達磨カラーとは異なる攻撃スタイルに変わった。

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