あい (SOV33)
2018/05/11 17:17
降格当時のとあるコラムより
リーグ26試合でわずか4勝しかできなかった小倉体制の是非はもちろん問われるべきだが、一方で監督交代のタイミングの悪さも降格の原因の一つだ。後を継いだジュロヴスキー監督は理論的な指導と「これをやってダメなら監督が悪い」という懐の深さを見せることで、ピッチで右往左往していた選手たちから試合に対する不安を取り除き、相対的に自信を取り戻させてチームを「正常な状態」(楢崎)にまで引き上げた。フィジカル強化が不十分だった前体制の負の遺産も、ポゼッション力をシステマチックに高めることで覆い隠し、選手それぞれの長所を生かすスタイルで勝利への道筋を導き出した。シーズン終盤は「プレッシャーを受けるとつなげなくなる」というリスクマネジメントの観点からか縦に速いサッカーに傾倒してしまったところがあり、結果的にはそれが攻守の連係を分断する裏目に出てしまったが、元マケドニア代表監督の豊富な経験と確かな指導力で、名古屋は最終節までの延命に成功したところがある。勝ち点1差で降格が決まった事実を思えば、指揮権譲渡があと数試合早ければ、という失敗は誰の目にも明らかだ。