No.117208
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賛否両論あるとは思いますが、監督がピッチ上で起こそうとしている渦のようなもの
個々の判断を尊重しつつ、周囲がその判断に責任もって連動しながら、即興的にスペースやポジション的優位性を握って相手を崩していくようなサッカー(1の二つのポイントを意訳)を
単にピッチ上にとどめるのではなく、
より大きな渦のようなものとして、サポーターはもとより京都のまち全体に広げようとしているのではないかと推測します。
その渦全体からするとサポーターは比較的中心に近いところにいることになります。
短期的な目標としてはJ1昇格や、中期的な目標としては(前社長が言っていた)J1優勝など、見果てぬ夢はあるでしょう。
でもそれ以外に、サッカーを通じて感動を巻き起こすだとか、
試合の翌日に子供や、一般人がみんな監督になったかのように、クラスや職場で昨日の試合はこうやった、こうすればよかったと喧々諤々議論したり批判するような空気が醸成され、
最終的にはそれが「つながり」を作りだして、いじめのようなものさえ減っていくような長期的な夢のようなものさえ描けるかもしれません(監督が実際どう考えておられるかは知らないですが)。
もちろん理想主義だけでは駄目で、現実主義的に足下を見ないと私たちはすぐにこけてしまいます。
こけては首を切るの繰り返しでした。首を切りたくなければこけないように歩くしかない。
そこには理想論の入る余地はないです。
でも、それでも選手やサポーター、あるいは京都全体を巻き込めるような夢は大事だと個人的には思います。
繰り返しますが、監督のやろうとしていることには賛否両論あると思います。
それでもでっかい夢を描くことと、足元で結果を出すことを両立できたなら、個人的には文句はないです。