No.29051
男性 田中さん
あの年は大木さんも祖母井さんも一年目で
それまでの体制の負の遺産を清算する年でした。

人件費が半分以下になる中で、何とかV字回復したかった。

いる選手の中で大木監督のサッカーできるのは誰か?模索しながら形を作っていった年だと思います。

個人的にはディエゴの0トップもドゥトラのサイド起用も面白かったと思いますが、おそらくサッカー以外のところで、代理人との間で一悶着あり結果的に切らざるを得なくなった。たらればを言い出したらきりがないですが、工藤が当初離脱してたのも痛かったです。

それでも、どん底の中で光明を求めて、若手を中心にあがき続けた一年だったと思います。それを否定するのは簡単でしょうけど、個人的にはその結果苦労して手に入れたはずのスタイル、運動量が多く、攻守の切り替えの速さで優位に立ち、球際で逃げない大木サッカーを二年連続3位という成績で簡単に投げだしたのは、好き嫌いは別にして、もったいなかったと思います。

なぜなら時間をかけて磨き上げられたチーム、どうやって点を取り、どうやって守るのかが意思統一され、それに向かってみんなが1つになってひた向きに頑張れるチームは強いと思いますから。フロントも選手もチームのストロングポイントを熟知し、それを生かそうと努力することができるとこは強い。そしてそういうチームを作るのには時間がかかります。我慢できずに監督切ったところから脱落していく気がします。でも近年のJ2はそういう強いところが増えてきてる。競争力の高いリーグになってきています。見る目がないクラブは監督交代そのものがリスクになってしまいます。うちは見る目がないどころかGMクビにして頭もない状態ですから。早急に新しい頭脳を移植してやらないと。極めて率の悪い宝くじを引き続けることになりそうで怖いです。

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