誤審問題は「人間である以上、ミスは避けられない」ことが前提であるにもかかわらず、「勝敗が生活やビジネスに直結する、特にサッカーの試合では、たった一つの判定がクラブの存続、リーグの勝敗、そして選手・監督コーチ・関係者の人生を大きく左右し、経済的・キャリア的に甚大な被害をもたらす」点に根の深さがある。
例えば昨日の試合、問題は得点シーンだけではない。判定のブレや判定自体に疑義が生じる場面が散見され、怪我人も出た。結果、相模原は勝点2を失っただけではない。秋田を抜いて暫定3位になっていたはずだった。Jリーグから授与される特別報奨金も100万円減額され、選手は受け取ることができたはずの勝利給も受け取れず、棚橋選手は最終節への出場も阻まれた。
誤審はどのチームにもつきもの、審判批判はよせ、の簡単な一言で片付けてよい問題ではない。
「結果(勝敗)がすべて」と言い切るなら、勝敗を左右する誤審問題にサポはもっと声をあげるべき。
YSがJFLに降格したのも、つきつめれば誤審の結果。誤審で勝点を失ったYSと、誤審で勝点をもらった長野の最終順位は、完全にひっくり返っていた。
以前は、どのプロスポーツでも誤審は深刻な問題であったが、リクエスト制度・リプレイ検証などが導入され、誤審でもめるケースは激減した。
なぜプロサッカーだけ、審判の神格化、判定の絶対化、批判の封じ込めといった、旧態依然の審判擁護に固執し続けるのか。
誤判定の事後検証結果と反省を自ら公表する審判が殆どいないことや、アセッサー含め審判が仲間内で擁護しあう風潮が、事態を深刻化させている。
神格化した審判に、キャリアを、ひいては人生を左右されてしまうという現実に目をつむってはならない。