考え様ではスポーツ界隈でのブーイングはオーディエンスの意思表示の単なるツールである。それをむやみやたらに乱用していれば野暮なだけ。滅多に使わない集団が声を発した時の説得力や効力は絶大なのかも知れない。肝心なのはブーイング後に付け加わるだろう個々人の声掛けの内容が大事だと思われる。いかに勇気を与え奮起を促せる言葉を投げられるか、言わずもがな執拗な罵声や誹謗中傷は何も生まないし必要ない。また個々人の発する不満や怒りの感情をブーイング一つに集約する事で過激なエキサイトを抑制する効果も見込める。
愛のあるブーイングが定着する事が栃木シティがワンステップ上の景色を見る為に必要な事なら筆者は甘んじて受け入れる覚悟である。ただし世の中のトレンドに振り回される必要は無い、栃木派は唯一無二のサポーター集団であるのだから。信念を貫くのも一つ、現在のエンパシー的なアプローチでチームとの信頼関係を更に強固にして行くのも間違いではないだろう。いずれにせよブーイングの目的を見失うことだけは避けなくてはならない。