餃子
No.1026288
ベガルタの応援の核には、昔から「やられたらやり返す」という、いわば“ヤンキー的精神”が流れてきた。コアがそうであるからこそ、スタジアムには熱と迫力が宿り、相手に立ち向かう空気が生まれてきたのは事実。

ただし、この精神には二つの顔がある。ひとつは誇りを守る強さ、もうひとつは排他性と攻撃性。とりわけ試合後の煽りは、かつてのように「内輪のノリ」では済まされない。SNSによる拡散が前提の時代では、それはクラブ全体のイメージを規定し、選手の努力やスポンサーの信頼、地域社会との関係までも揺るがしかねない。ここに、伝統が現代と衝突する構造がある。

では一般サポーターはどう向き合うべきか。
単純だ。煽りを全否定する必要はない。熱の一形態として理解はできる。だが、そのすべてに従うのではなく、「それがクラブの価値を高めるのか?」という問いを常に携えること。これは感情論ではなく、応援文化の持続可能性を守るための合理的な態度。

そして今の森山ベガルタが求めているのはまさにそこにある。森山監督は、若手を伸ばし、個の武器を磨き、一体感でしぶとく勝点を積み上げている。そこには「育成」と「勝利」を同時に追求する強い現実主義がある。だからこそ、スタンドからの後押しも、短期的な“やり返す快楽”ではなく、勝ち切る力に直結する熱が必要とされている。

つまり、僕らが示すべきは「やり返す強さ」ではなく「勝たせる強さ」。挑発を超え、最後の笛まで誇りをもって支え続ける姿こそ、選手に勇気を与え、クラブの未来を切り拓く。

さあ、今こそ問い直したい。
「俺たちの声で、森山ベガルタをどう勝たせるのか」。
その答えを俺たちのスタンドから発信するとき、伝統は新しい形で輝き出すはず。

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