大東 2017/03/19 23:39 SonySOL24 No.130724 男性 私はpkの場面自分の器の小ささに恥ずかしくなりました 臣よ、ウイルソンに蹴らすな、臣が蹴れ 正直そう思いました その裏には前回失敗しているウイルソンは信用出来ない そんな風に思ってしまったのです、情けないです もし自分がウイルソンの立場だったら また失敗したくないし恐くて蹴りたくない 臣に蹴れと言われても拒否してました ウイルソンも、怖かったかもしれない でも勇気をもって受けて立ちました その勇気に敬意を表します 心が強い流石ウイルソン男だと思いました そしてその状態であるウイルソンにボールを託した臣も男の中の男でした 彼れらに感動と勇気を貰いました! チームメートを信じ待ち許すこと!(涙)
そら 2017/03/19 23:30 SO-03H No.130722 うーん 触れるか?どうか?迷いましたが、違う見方もあるんだよっていう一助になれば.. まずシーズンを通して戦うリーグ戦に同じシチュエーションのPKなんてありません。 誰が獲得したのか?同点ゴールなのか? 勝ち越しなのか?5点目のダメ押しなのか? その一点で得点王がとれるのか? キッカーが試合中に負傷を抱えてないか? 色々な条件で最適な答えはその都度変わります。 なのでホーム開幕戦のPKと、昨日のPKと、仮に有るかも分からない残留の懸かったPKを同じ土俵に乗せるのが間違っていると思います。 外野から見ている人間にはそれぞれの思い込みがあるんでしょうが、実際にプレーする時にはゲームなどとは違って、その時々で変化していくモノだと思いますよ。 責任は誰が取るか?論も、少し視野が狭い中での話の様な気がしてます。 少し視野を広げて考えるだけで見方も変わります。 PKを外した場合に、もちろんキッカーにも責任はあるでしょうが、じゃあ誰がキッカーに選んだの?誰がピッチに立たせたの?って事もあると思います。 自分はプロアマ問わず、勝負事の結果の責任は基本的には指揮官にあると思っています。 プロに限ってはその選手を獲得したり、その程度の予算編成をしたクラブにも責任の一部はあると考えます。 だから自分個人の考えとしては責任を取れる?背負える?キッカーどころか、誰か一人が責任を負う必要など無いと思っています。 昨日のPKに関してはゴールの有無に関係なく、あの日あの時には、あの選択がベストであったと思います。 スピリッツの番組内でもMCが言ってましたが、試合の始まる前から大宮戦で、もしもPKがあった時にはウイルソンに託そうと、あらかじめチーム内で決まっていたそうです。 それを聴いて自分は、これこそヴァンフォーレだと思いました。一人一人は一長一短がありますが、全員のチカラを合わせて闘っていくのが甲府スタイルだと感じています。 こんな見方や考え方もあるんだと頭のスミにでも置いて下さい。 長文失礼しました。
まあ 2017/03/19 23:16 iPhone ios10.2 No.130719 ウイルソンはこの前のPK外したのもあったし、景気付けみたいな感じで蹴ったんじゃないですか? 次からはさすがにウイルソンは危ないから蹴らないでしょ笑
☆ヴァンフォーレ京都 2017/03/19 23:02 none No.130717 男性 全てを背負える選手って誰ですか? ドゥドゥと臣? 仮に勝ち点差1、得失点差1で降格したとしても そのPKが降格した責任にはならないと思いますが。 なんか言いたいことが分かりにくいです。
ああ 2017/03/19 22:42 iPhone ios10.2.1 No.130714 PK 目先の勝点を取りにいくなら臣でよかったけど、この先のシーズンを戦うにはウイルソンでなければ駄目だったということ。 シーズン終盤の重要な場面で誰が蹴るかは今決めることではない。
甲府が一番 2017/03/19 22:37 KYV36 No.130713 他人の考えは否定しないけど、私はウイルソンの得点でチームのこれからを勢いづけるために臣はウイルソンに蹴らしたのだと思いますよ。
あかさたなはまやらわ 2017/03/19 22:29 SO-04H No.130712 男性 0歳 22:10 その通りですよ! あなたの言う通りです。 意味がある、力がある。 だからこそ、その逆の意味もあれば、 マイナスの力となることもある。 そういうものです。 ビッグクラブになればなるほど、 逆の意味、マイナスの力が働くから、 思いもよらぬビッグクラブが降格する。 甲府より遥かに資金面、環境面が優れた クラブが降格する。 また、アマチュアの信頼、責任と、 お金をもらうプロの信頼、責任と混同 している方もいる。 プロの場合、来期以降の契約更新があるから、 FKの奪い合いもあれば、PKの奪い合いもある。 これらをアマチュアの信頼、責任と 同一視するのはいかがなものでしょうか。