97822☆まいやん 2017/04/10 07:45 (SCV33)
キングカズの記事 神戸新聞
 −今もよく神戸を訪れる。

 「年3、4回は帰ります。集まる友人たちの顔ぶれ、行く場所は昔と何も変わらない。普段節制している分、神戸では“フィーバー”する。去年も(シーズン終了後の)12月はそうだった」

 −サッカー人生で神戸時代の4年半はどんな意味を持つ。

 「街の素晴らしさ、人の情熱に触れ、人間として大きくしてくれた。非常に大きな4年半だった。あの経験があったから、横浜FCでも頑張れている。移籍した当時、ヴィッセルは市民クラブだった。経営が大変で、最初の3年は幹部の人たちも『J2に落ちたら、行政から応援してもらえなくなるし、つぶれちゃう。サポーターもいなくなる』と話していた。(サッカーが文化として根付く)ブラジルで育った僕からしたら、なんでJ2に落ちたら応援してもらえなくなるんですかと思った。そこで始めたのが、選手が小学校を訪問する『夢で逢(あ)えたら』だった。お金をかけず、10年、20年と続けていくことで神戸が認知され、地元になくてはならないクラブになる。応援したいという子が1人でも増えたらという思いがあった」

 「2年前、神戸でのチャリティーマッチに出場したときに、いろいろな人に会えてうれしかったし、また神戸で試合ができたらと思った。あのスタジアム(ノエビアスタジアム神戸)が好き。こけら落としでゴールを決め、今でもベストゴールに入れている。神戸に対するひいき目もあるかもね」

 −今季の開幕戦後、60歳までやると話していた。

 「口からぽろっと出ましたけど、現実的に今のトレーニングを続けて60歳までというのは無理。50歳の今シーズンをどうやっていい1日、いい1年にするか。それしか考えていない。数字的なことよりも内容が一番大事だと思う」


 <みうら・かずよし> 1967年、静岡市生まれ。日本代表として国際Aマッチ89試合出場55得点。2001年から05年7月までヴィッセル神戸でプレー、同月横浜FCに移籍した。177センチ、72キロ。


■記者のひとこと

 話題が神戸時代に及んだとき、横でインタビューを聞いていたカズさんのマネジャーが「あのときは単純に楽しかったんだよね」とぽつり。本人も「神戸に帰る」という表現を用い、街への愛着をにじませた。
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