24365☆立ち向かえ 2015/06/15 19:32 (iPhone ios8.1.3)
09年6月。柿谷は徳島に期限付き移籍してきた。C大阪で遅刻を繰り返し、クルピ監督(当時)の期待を裏切った。チームメートの香川真司(現マンチェスター・ユナイテッド)や乾貴士(現フランクフルト)と比較され、指揮官から「なぜ曜一朗だけ結果を出せないのか」とチーム全員の前で非難された。2人に並ぶ才能を持ちながら出場機会を失い、四国のJ2クラブに出された。
失意の底にいた柿谷の面倒を見たのが、C大阪でも一緒にプレーした浜田だった。
徳島で2人は同じマンションの向かいの部屋に住んだ。柿谷が遅刻しないよう、浜田が毎朝起こして一緒に練習グラウンドに通った。夕食も一緒。酒も飲んだ。
「支払いはほとんど俺。曜一朗は財布を持って来ないですから」。浜田にとって7歳下の柿谷は「全然かわいくない弟」のような存在だという。
柿谷の技術はJ2では群を抜いていた。仲間から信頼され、主力として試合に出続けることで徐々に責任感が芽生えた。
「だんだん自分で朝起きるようになった。練習の1時間くらい前にグラウンドに行って、筋トレや体のケアをしていた。俺が何か言ったわけではない。このままじゃアカンなって、自分で考えたんじゃないですかね」
浜田は柿谷の変化を静かに見守っていた。
J1昇格争いを演じた11年シーズン。移籍3年目の柿谷は、戦術的にも精神的にも徳島の柱として奮闘した。
「曜一朗がチームのために一生懸命走っていた。キャプテンマークを巻いたりして、アイツも変わったなあと思いましたよ」
4位に終わり昇格は逃したが、かつての自分本位な姿は消え、本物のエースに成長していた。
12年、C大阪に復帰すると、柿谷は一気にブレークした。昨年はリーグ全34試合に出場して、得点ランク3位の21得点をマーク。7月の東アジア杯で初めて日本代表に招集され、3得点を挙げる活躍で1トップの筆頭候補に躍り出た。
南アフリカが舞台だった4年前、柿谷は徳島にいた。浜田の部屋に来てW杯をテレビ観戦していたという。2人で優勝国予想もした。浜田はドイツ、柿谷はスペイン。見事的中した。
「当時の曜一朗には、自分が4年後にW杯に出るという感覚はなかったと思う。徳島でしたし、現実味がなかったでしょうね」
今季J1に昇格した徳島は、3月8日のホーム開幕戦でC大阪と対戦。2人の直接対決が実現した。その日の地元・徳島新聞に、柿谷は「ありがとう、徳島。」というメッセージ付きの全面広告を出した。
「曜一朗には徳島愛がある。『点を取ったら阿波おどりでも踊るわ』と言ってました。W杯でも曜一朗らしく、楽しんでプレーしてほしい」