24401☆ジオゴ 2015/06/16 18:33 (iPhone ios8.1.3)
ウェアの洗濯、道具の準備も自分でやったJ2時代。

 まだ今回のチームが代表候補合宿の段階だったころ、初日に彼に聞いてみた。「J2時代が長かったですよね。当時どんなことを感じていましたか」と。

 「ガンバ大阪のありがたさを感じる時間でした。J1にいると、ウェアの洗濯や道具の準備もスタッフがやってくれることが当たり前だった。でもJ2では自分がやらなくちゃならないことも多くて。特に徳島時代には自分でやった記憶が残っています」

 '08年のシーズン途中にアビスパ福岡にやってきた時、当時22歳だった丹羽はどん底の状態にあったように見えた。

 '07年の最初のレンタル先、徳島ではJ2で出場停止を除いた45試合に出場。意気揚々とふたつめのレンタル先の大宮でJ1での戦いにチャレンジしたが……そこでは出場機会が得られなかった。「J1では通用しない」という烙印を押されたも同然だった。

 プレーヤーが「J1からJ2へのレンタル移籍」をきっかけとして、二度とJ1に復帰できなくなってしまうことは多い。

 丹羽がそこから這い上がれたのはなぜか。
返信超いいね順📈超勢い

返信コメントをする

💬 返信コメント:0件

※返信コメントがありません


🔙TOPに戻る