カピタン (iPhone ios10.3.1)
2017/10/10 14:31
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実は長崎からのオファーは初めてではなかった。前述した入社2年目の地域決勝。ホンダロックと共に昇格を決めた長崎の強化部から、その場で獲得の打診を受ける。結果的に1度目の話は流れたが、2度目のオファーは「本当に贅沢な話なんですけど、ホンダロックでは『やることはやらせてもらったな』という“やり切った感”があって、『ここしかないな』というタイミング」と重なった。妻の「何とかやっていけるんじゃないの?」という力強い言葉も背中を押す。「本当にサッカーに情熱がないと、たぶん耐えられない環境でしたけど、そこがあったから今があるんですよね」というホンダロックでの5年間を経て、前田はプロサッカー選手としてのキャリアを踏み出す決断を下した。
プロ1年目はなかなか出場機会を得るまでに至らなかったものの、チームは見事にJFL優勝を果たし、悲願のJリーグ加盟を手中に収める。28歳で手にした“Jリーガー”という職業。迎えた2013年シーズンの開幕戦。後半41分から途中出場を果たし、早々にJリーグデビューも果たす。
高木琢也監督との出会いも語り落とせない。監督自ら「相当走らせたからね」と笑った就任初年度。前田も「『何だ、コレは?』と(笑) マジでヤバかったです」と苦笑しながら、当時を思い出す。ただ、「今までウチに来たヤツらは数々いるんですけど、走った量では絶対負けないですね。アレがあるから、32歳になっても『まだまだやれるかな』というベースを作らせてもらったかなと思います」と続けた言葉から、指揮官との信頼関係が垣間見える。