146371☆ああ 2024/06/28 00:23 (Chrome)
週刊文春 藤田晋コラム 町田ゼルビア「時効の話」の一部
・オーナーとして痺れを切らしたのは22年の秋。きっかけは黒田監督を招聘する案に反対された時だ
他クラブとの差別化を図るために珍しく強引に「これは決めてくれ」と頼んだ私に当時の経営陣から
パワポを使って過去に高校サッカーの監督がうまくいった事例はないとプレゼンされた。
その話を聞きながら自ら社長に就任することを決断した。
・黒田監督を招聘したのも、その年に大型補強を敢行したのも一発でJ1に上がる賭けだった。
J2にいるとコストはJ1と変わらないほどかかるのに収入はJ2レベル。それが続くのは苦しい経営を
ずるずる引き伸ばすことであり早く脱出することが至上命題だった。