199405☆yusuke 2017/05/01 21:44 (SOL25)
尹さんは割りきっていたというより、
当時の台所事情では「戦術豊田」以外に取れる戦術が少なかった。
悪く言えば「それしか選択できなかった」のだと思う。
(決して尹さんを悪く言うわけではなく、当時の状況を鑑みてのこと)
それを突き詰めていくことで、一時首位にたったわけだけど。
対戦相手からしてみたら、実際豊田の対策ができていても止められないわけだから、
考えようによっては恐ろしい戦術だった。
中澤や栗原のような経験豊富なベテランDFを擁していたマリノス等はめっぽうこの戦術に強かったけど。
この戦術の最大の欠点は、豊田の替えが利かないことだったと思う。
豊田が怪我の長期離脱とか、移籍とかしてしまった場合、一発で崩れ去る恐れのある戦術。
今はサイゲームスなどの大きなスポンサーもついてくれたことで、クラブ状況も安定してきている。
お陰で選手層も厚くなり以前ほど主力の流出を心配しなくてよくなった。
マッシモが監督になったことで方向転換を図るには絶好の機会だったわけで。
でもやっぱり時間がかかる。今が重要な過渡期なんだと思う。
まぁ今まで何があっても乗り越えてくれたサガン鳥栖。
今回も乗り越えて、更にクラブとして前進してくれると信じていますよ。
まだまだ夢半ば。でも不可能な夢じゃない。Forza Sagan!