ああ 2024/12/27 09:01 iOS16.4 No.1254130 リーグワーストの失点数とはいえ、ディフェンスラインの選手がJ1や磐田とかに抜かれるって事は、選手自体の能力はそこそこやったんじゃないの。 守備を組織的に構築出来なかった監督やコーチ陣の責任は大きいな。
ああ 2024/12/27 08:54 iOS18.2 No.1254128 報道出てるのはこんな感じかな 【in】 ☆井上太聖(順天堂大→) ☆鈴木大馳(鳥栖U18→) ☆新井晴樹(水戸→) ☆泉森涼太(鹿児島→) ☆櫻井辰徳(神戸 loan→) ☆長澤シヴァタファリ(loan復帰→) ☆内山圭(loan復帰→) ヤンハンビン(C大阪→?) 【out】 ☆藤田直之(→引退) ☆岡本昌弘(→引退) ☆森谷賢太郎(→引退) ☆朴一圭(→横浜FM) ☆清武弘嗣(→loan満了) ☆山ア浩介(→横浜FC) ☆久保藤次郎(→loan満了) 原田亘(→柏?) マルセロヒアン(→FC東京 loan?) 上夷克典(→磐田?) 泉森内山決まったしヤンハンビンはもうなさそうだけど
ああ■ 2024/12/27 08:48 Android No.1254127 >>1254117 リーグワーストの失点を重ねた守備陣だからこそ何の気兼ねもなく放出できる面はあるが、元はと言えば川井サッカーが諸悪の根源だから、ある意味DF陣も被害者ではある
ああ 2024/12/27 08:28 iOS18.1.1 No.1254122 >>1254119 小菊さん、改めてすごい方だな 絶対に諦めない苦労人 サガン鳥栖魂を感じるわ ホントに素晴らしい人が来てくれたよ ユースにも好影響があるだろう
ああ 2024/12/27 08:22 iOS18.1.1 No.1254119 小菊さんの経歴を考えてみなよ プロ経験のないアマチュア選手から、 J1セレッソの監督まで登り詰めた異色の経歴 以下、Wikipediaより抜粋 滝川第二高校出身で、高校時代は黒田和生から指導を受けた。中盤の選手で、高校1年生の時に全国高校選手権の登録メンバーに入ったが、出場機会は皆無だった。高校2年生で、父親を病気で亡くした。 1994年、愛知学院大学に入学。 プロ選手になるのは難しいという立場を理解するようになった。「サッカーの近くで仕事がしたい」という夢を知っていた友人(当時のセレッソ大阪社長鬼武健二の息子)に紹介され、セレッソ大阪に手紙を書いて面接に臨んだ。 セレッソ大阪 採用後 卒業直前の1998年2月からセレッソ大阪下部組織のコーチにアルバイト採用され、子供たちを教えるところからスタートした。給料は交通費込みだった。副業として、喫茶店で働いたこともある。そして、半年の試用期間後に社員となった。 スカウトを担当していた時には、GKの獲得を目的にFCみやぎバルセロナに所属していた丹野研太を視察した際、2学年下の香川真司のプレーに目が留まり、後にプロの世界へと導いた。 2005年からトップチームのコーチを務め、2012年12月には家庭の事情でブラジルへ帰国したレヴィー・クルピ監督に代わり、暫定的にシーズン残り試合の指揮を執った。 2013年限りでコーチを離任し、2014年より強化部課長に就任した。同年9月、セレッソ大阪トップチームコーチに就任。 こんな苦労人であり不屈の精神とクリエイティブさを持っている小菊さんなんだから、メンタルやられるどころか、プランB、プランCを想定して精力的に動いてくれると思う。 ピンチはチャンスを地で行く人だから
ああ 2024/12/27 08:17 Android No.1254117 守備を軽視して、またリーグワーストの68失点みたいなことにはなるなよ そんなチームもう見たくないからな このクラブは学習能力が無いと言われるぞ